そらをとべたら   いち




  背中には黒い翼。

  長く伸びた黒髪を結い、黒装束に身を固める。

  漆黒の闇に紛れ、決して人の目には見えない。

  彼は魔法使い。

  ありとあらゆる魔法道に通じ、能力は並はずれていた。

  彼の仕事は、魔法世界から人間界へ修行に行った、魔女の卵の監視役。

  監視する魔女の卵に魔法を教え、助け、サポートする。

  彼の一族は遠い遠い昔からずっと、この仕事をしてきた。

  中でも彼は歴代の監視者の中で群を抜いた力の持ち主。

  彼が十六になった時、親父の仕事の後を継ぎ、ひとりの女の子の監視をすることになった。

  同じ年の彼女のことは幼い頃から親同士が仲良しで、

  彼の父親が魔法を教えてきたからよく知っていた。

  よく笑う彼女は彼に気軽に声をかけたが、彼は素直に自分を出せず、いつも背を向け続けた。

  彼女と彼の父が楽しげに話す輪の中へ本当はいつも入りたかったが、

  どんな顔して彼女に接すればいいのか、悩み、

  どんなこと話したらいいのか、わからなくて、

  変なこと言ったら傷つくんじゃないか、心配で、

  クールなふりして横目で見るのが精一杯だった。

  




「あかねのこと、よろしく頼む。」

あかねの父に頼まれたおれは、背中の黒い翼を広げ、あかねのいる人間界に降り立った。





「そんなわけでね、あかねちゃん。今日から乱馬が、わしの後を継ぐことになったから。」

「はい。」

「わし以上に、あかねちゃんをしっかり手助けさせるからね。よろしくね。」

「こちらこそ・・・おじさま、今までありがとうございました。」

「いや、こっちこそ、今までありがとう・・・乱馬、こっちに来んか。」

「いいよ。別に。」

「いいよ じゃなかろうが。こっちに来い。」

「昔っから知ってるんだし、今更・・・。」

 親父はおれの身体めがけて、魔法を放つ。
おれの身体は操り人形のように勝手に動き出し、あかねの前に手を差し出した。

「ちっ・・・。」

「ちゃんと、言わんか。」

「あんまり、面倒かけんじゃねぇぞ。」

「うん。よろしくね、乱馬。」

 差し出した手をあかねは優しく握る。
温かくて柔らかい感覚に、思わず顔が赤くなるのがわかったおれは、
急いでその手を振り解き、背を向け、空へ向かって飛び立った。

「こらっ、乱馬っ!」

「もういいだろ。」

 今いた場所からさほど離れていない、高木のてっぺんに降り立ち、高鳴り、震える胸を押えた。


 だから・・・嫌なんだ。

 おれはいつだって、背中を向けていた。あかねにこの赤い顔を見られたくなくて。
あかねに抱いた恋心を、誰にも知られたくなかった。

 もし、あかねの父に見つかれば・・・あかねの側にはいられなくなる。
あかねに惚れていることがわかれば、
個人的感情の関わりを持ってはならない、監視者のおれはこの仕事を続けることは出来ない。

 そうなると、親父にも迷惑がかかる。
特に、あかねの父と仲のよい、親父の気持ちを考えると、
おれひとりの感情で動いてはならないことくらい、わかっていた。

 けれど、抑えれば抑えるほどに、おれはあかねを意識してしまう。
だから、出来るだけ関わらないように、努めるしかなかった。



「馬鹿息子が。」

「・・・乱馬、もう十六になったんですね。」

「ごめんね、あかねちゃん・・・。いつまで経っても、あの通り子供地味てて。」

「いいえ。おじさまが謝ることじゃないから。」

「まだ、早かったのかもしれん。いくら十六でひとり立ちさせることになっているとはいえ、
 あんな態度をとるなんて。」

「わたしのこと、嫌ってるから仕方ないんです。」

「そ、そんなことない。絶対ない。ありえない。」

「ありがとう、おじさま。慰めてくれて。」

「い、いや・・・どちらかというと、あれは・・・。」

「ううん。わたし、知ってるんです。乱馬、本当は勉強したいってこと。」

「え。」

「わたしのおもりなんかじゃなくて、もっと難しい魔法たくさん覚える為、
 魔法世界で勉強していたいんです。
 だって、乱馬はこれまでにない凄い力の持主なんでしょう?」

「うん・・・王家が注目してるくらいだからね。」

「・・・だから、早くわたしが立派な魔女になって、乱馬のこと、解放させなきゃ。」

「そんなこと、あかねちゃんが気にしなくっていいんだよ。」

「ありがとう。おじさま・・・わたし、頑張ります。」

「乱馬と仲良くしてやってね。あんな風にしてはいるけど、悪いやつじゃないから。」

「はい。」




 少しして、おれの元に親父がやって来た。

「よいな、乱馬。あかねちゃんに対して・・・。」

「ああもう、いちいち言わなくったってわかってるよ。」

「・・・そんな態度ばっかりとってたら、嫌われるぞ。」

 もう、嫌われてるよ。

「あかねちゃんのこと、わしが話してるから知っているな。」

「覚えが早くて、素質があるんだろ。」

「そうだ。あの子なら、多分、最後の魔法まで使いこなせるようになるだろう。」

「それと・・・なんだっけ。不得意なのがあるんだったよな。」

「料理の魔法だけ、どうしても上達しないのだ。」

「なんで。」

「・・・なんでなのか、わしにもわからん。」

「そんなに酷いのか?」

「おまえなら、耐えられると思うけどな。」

「なんだよそれ。」

「とにかく、個人的感情はご法度だからな。くれぐれも気をつけるんだぞ。」

「ああ。」

「しばらくは、近くにおるからな。」



 親父が立ち去った後、気持ちを落ち着けたおれは、あかねの暮らす部屋へ向かい、
ちょうど開いていた窓の縁に腰を降ろした。


「おい。」

「きゃっ!」

 いきなり話しかけたから驚いたらしい。

「なによ、びっくりさせないで。」

 あかねは、机に向かい人間の学校の勉強をしていた。

「魔法使わねぇのか。」

「うん。」

「なんで。」

「なんでって。」

「どうせ、何の役にも立たねぇんだ。やったって無駄だろ。」

「そうだけど、でも、折角だし、やってみると結構面白いのよ。」

「ふうん。物好きだな。」

 なによって顔で、あかねはこっちを見る。
どうやら少し機嫌を損ねたらしいが、構わず話を続けた。

「で、どんくらい、出来るんだ?」

「・・・え・・・うん。今、ここまで。」

 そう言って、部屋にある人形に魔法をかける。
と、人形はひとりでに動き出し、おれの前に立った。

「こんばんわ、乱馬。」

 人形がしゃべる。

「ふうん。ここまで出来てんのなら、後、ちょっとだな。」

「うん。」

 摘み上げた人形の顔をすっとなでると、魔法は解けた。

「じゃあ、次の魔法は・・・。」

 教えただけ、すぐにあかねは使えるようになる。

「覚えが早いな。」

「えへへ。おじさまにも、そう褒められてたの。」

「この調子なら、後一ヶ月もせず、帰れるんじゃねぇのか。」

「うん、早く帰れるように、頑張るね。」

「別にそんなに急がなくてもいいよ。」

「ううん、わたし、頑張るから。」

「そんなに帰りたいのか?」

「当たり前でしょ。」

「そうか。」

 きっと、あかねは・・・早くあっちに帰って、おれの監視から逃れたいに違いなかった。

 そんなに、嫌われてるのか・・・。

 たしかにガキの頃から、あかねに対して背を向けていた。
どんなに優しい言葉をかけられても、頑なまでにその態度を変えなかった。
そんなおれの後姿ばっかり見てたんだ。快く思うはずがない。

 そういや、さっきだって、これまであかねを手助けしてきた親父が引退を決め、
おれが後を継ぐことになったとき、あからさまに嫌そうな顔してたな。

 そりゃそうだろうとは思ったが、悪気があってやってたことじゃない。
それどころか、逆に意識してるってことなのに。
何ヶ月でも何年でも、あかねとこんな時間を過ごしたいのに。

「乱馬?」

「なんだ。」

「どうかしたの? 怖い顔・・・してる。」

「別にどうもしないさ。」

「ならいいけど。」

「・・・じゃあ、おれ、行くから。」

「うん・・・おやすみ、乱馬。」

「ああ。おやすみ。」

 後ろを振り返れず、おれはそう言い残し、再び闇の中へ飛び立った。





                                   >>>>> に へつづく








呟 事 (ひとり上手なやりとり)

・・・続くんですか?
ええ、続きます。

というか、これ、なんなんですか?
なにって、ファンタジーです。

幻想世界ですか?
・・・ええ。

本当に?
・・・・・・。
ああ、そうですよ、私の中のファンタジー、間違ってますよ。
なんなのさって感じですよ。でもね、でもね・・・
どうしても、黒い翼の生えた、乱馬くんを書きたくて。

黒い翼って・・・烏天狗みたいですな。
はっ。

そこですか。
・・・そこですな。


そんなわけで、実は元イメージは妖怪だったりとかしてて、
でも魔法とか出てきてることだし、ファンタジーってことで・・・。
ああ、ごめんなさい、ごめんなさい・・・。      ひょう



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