そらをとべたら   に




 翌日から本格的におれの仕事は始まった。
あかねは昼間は人間の通う学校で勉強をし、夜は魔法の勉強をする。
おれは日夜、あかねを見守り、魔法を教えた。

 に、しても。

 あかねが通うのは、あかねの父の意向もあって、女ばかりが集まる学校であったのだが、
なぜか、あかねの周辺には男の姿が頻繁に見受けられた。

 親父が言うには、あかねには魅力があり、それに惹きつけられる男が人間界には特に多いらしい。
けれど、あかねの父は、あかねが人間の男と接触するのを特に嫌っていたため、
おれは出来る限り、あかねと人間の男とを接触させないように努めた。
もちろん、魔法を使って。
身体を勝手に動かしたり、何をしようとしていたのか忘れさせたりもした。

 ここまでするのには、ちゃんとした理由がある。
あかねと同じように人間界へやって来た魔女の卵たちの中には、
人間の男を好きになり、魔法世界と魔法の力を捨て、この人間界で暮らすようになる者がいたからだ。

 自分の娘にはそうなってほしくないという、あかねの父の頼みでもあったけど、
おれはあかねを誰かにとられるのが嫌で、喜んでそのために上級魔法を学び、使った。

 それにあかねは鈍感だから、周りの声など届かない。
ましてや、おれの動きにも気付くこともなかったから、この仕事はやりやすかった。


 けれど、まさか、あかねの友人がおれたちの望まぬことをしようとしているとは思いもよらず、
油断していた。





「ねぇ、天道さんって、今、付き合ってる、彼氏っているの?」

「つきあってる、かれし?」

「いないんだー。なら、ちょうどよかった。あのね、私の彼氏の友達が、
 誰か紹介してって言ってるのよ。」

「うん。」

「それでね、その人に会ってほしいんだけど。」

「・・・えっと、それは、男の人と会うってことなんだよね?」

「そう。いいかな。」

「別に構わないとは思うけど・・・でも、乱馬がなんて言うかわかんないから・・・。」

「本当! よかったー。それじゃあ、今度の日曜日、あけといてね。」

「え、あ、あの、まだ。」

「それじゃあねー。詳しく決まったら、教えるから。」

「あ・・・うん。」




 なにやってんだよ、あの馬鹿。


 話の一部始終をもちろん、おれは聞いていた。





 その日の夜、あかねの部屋に行くと、すごくばつが悪そうな表情でおれに話を切り出してきた。


「あのね、乱馬。今度の学校がお休みの日にね、男の人と、デートするの。」

「・・・聞こえてた。」

 自分では気にしていないふりをしようと構えていたのに、
発した声が思ったよりもずっと低くて驚いた。

 けれど、あかねには伝わらなかったらしく、ほっとした反面、悲しくなった。


「でも、わたし、今まで男の人と話ししたことないし、デートっていうのもやったことないから。」

「・・・・・・。」


 どうやらおれは、あかねのいうとこの男の人にはあてはまってないらしいな。

 わかってたことだったけど、胸の辺りがちくちく痛み出す。


「それでね、乱馬は知ってるかなって思って・・・教えてほしいの。」

「適当に話合わせて、飯食って、街歩いて、そんで帰ってくればいい。」

「・・・わたしに出来そう?」


 無理だから止めろ なんて、口が裂けても言えない。


「知るかよ。」

「簡単か、難しいかだけでもいいから、教えて。」

「そんなこと、てめぇで考えろ。」


 そう言い放ち、おれはその場を離れようとした。


「待って。」

「なんだよ。」

「・・・お願い。力、貸して。ほんのちょっとでいいから。」


 服の裾を掴まれている感覚。

 ちらりと横目で後ろを見れば、あかねは俯き、ぎゅうっとおれの服の裾を握りしめていた。


「・・・・・・。」


 仕方ねぇな。

 あかねへの苛々は拭えないけど、それでもこんな態度をとられたのに無視できるほど、
おれはあかねに慣れてない。


「・・・じゃあ、練習すっか。」

「え?」

「・・・だから、おれが練習台になってやるっつってんだよ。」


 こころの奥底に隠してた気持ちがほんのちょっとだけど、表に出て来たのが自分でもわかる。

 わざとらし過ぎやしないかとか、
こういう事態を利用しようとするなんてあさましい・・・とも思ったが、
この機会を逃したら、多分、永遠にあかねとふたり、肩を並べて歩くなんて、
とても出来そうもないから。

 けど・・・嫌だと言われたらどうしようか・・・。

 だけど、その想いはいい方に裏切られる。


「本当?」

「おれは冗談が好きじゃねぇ。」

「・・・ありがとう。」

「は?」

「じゃあ、お願いするね。」

「・・・いいのか?」

「うん。」

「おれだぞ?」

「え?」

「・・・いや。」

「変な乱馬。」


 そうだよな、あかねにとっちゃあ、おれは男の人じゃないわけだし、ただの練習台だもんな。
その辺り、かなりひっかかるけど、でも、例え練習台であっても、あかねとデートできるんだ。

 だったら、折角のこの機会、みすみす逃すなんてそっちの方が馬鹿げてる。
あかねがどんな風に思っていたとしても、それでも、おれは・・・。



「明日・・・テストがあるから、学校はお昼までなの。」

「ああ。」

「だから、お昼くらいに校門の前まで、来ててね。」

「待ってて、だろ。」

「あ・・・うん。待っててね。」


そう言ったあかねの顔が、なぜだか少し嬉しそうに見えた。





 翌日、学校を終えたあかねの姿を確認したおれは、まだ誰もいない静かな校門の前に降り立った。
一度指を弾けば背中の翼は消え、もう一度弾くと、おれの身体は実体化し、人間になる。

 しばらくすると、校舎の中からわらわらと人が出てくきた。
校門に立つおれがよっぽど物珍しいのか、じろじろと視線を感じる。

 口々になにか言っているようだったが、おれは無視することにした。


 本当、人間ってーのは、奇怪な生き物だよな。
なんで、こんな世界にわざわざ修行に来るんだ? うちの世界のやつらは。



 少しすると、玄関から出てくるあかねの姿が見えた。


「ごめんっ、ちょっと遅くなっちゃった。」

 走ってきたのか、あかねは息を弾ませている。

「行くぞ。」

「うん・・・あ、ねぇ。」

「なんだ。」

「お昼ご飯、どうする?」


 そういや、もうそんな時間か。


「おめーん家行って、食ってくか。」

「それでいいの?」

「出来るだけ、おめーには修行してもらわねぇとな。」

「うん。」

「それに、その服、着替えた方がいいだろ。」

「そうだね。テスト中なのに制服で出歩くなんて、先生に見つかったら怒られちゃう。」


 そう言いながら歩く、おれとあかねを遠巻きに・・・どうやらあかねのクラスメイトらしき
人間どもが、じろじろと見ていた。


「なぁ。あいつら、一体なんなんだ。」

「え・・・あ、友達よ。」

「なんで、あんな目でおれたちのこと、見んだよ。」

「あんな目って・・・全然普通じゃない。」


 あかねはにこやかに、友達だという人間に手を振る。
すると、その場にいた人間たちは、あかねにこっちに来るように手招きし返した。


「ちょっと待っててね。」


 あかねはそいつらの方に走って行く。


「なあに?」

「ねえ、天道さん。あの人って・・・。」

「乱馬のこと?」

「もしかして、彼氏?」

「かれし?」

「とぼけたってだめよ。ふーん。そうなんだ。」

「なになに、どうやって知り合ったの?」

「知り合ったっていうか、子供の頃からずっと一緒にいて・・・。」

「幼馴染ってやつね。」

「・・・よくわかんないんだけど。」

「彼、かっこいいわよね。」

「え・・・そうなのかな・・・ちゃんと見たことないからわかんない。」

「なに、それ?」

「ううん・・・・・・(話するようになったの、つい昨日からだし)。」

「ね、紹介してよ。」

「乱馬のこと?」

「うん。」


 あかねがこっちに視線を送る。
が、話の一部始終を聞いていたおれは、当然のようにあかねの視線を無視する。


「乱馬。ねぇ、乱馬ったら。」


 ああもう、面倒くせぇな。


 大声で呼ぶ声に、流石に無視し続けることの出来なくなったおれは、
しぶしぶあかねの側まで近づいた。


「はじめましてー。」

「・・・・・・。」


 おれは何も言わず、ただ、あかねを睨みつけた。


けれど、あかねはおれに挨拶するようにと、目で促す。


「・・・こんちわ。」


 そう長い間でもないし、どうせあかねがあっちの世界に帰る時には消される記憶ではあるけれど、
今のあかねの学校生活のことを思えば、おれのせいで、不都合なことが起こることは避けたかった。

 だから・・・嫌だったけど・・・仕方なく。


「もう、いいかな? これからわたしたち、出かけなくっちゃならないから。」

「そうなんだー。」

「ごめんね。」

「とっとと、行くぞ。」

「うん。じゃあね、ばいばい。」


 おれはあかねの腕を掴み、引っ張るようにして歩き出した。



「怒ってる?」

「・・・・・・。」

「ごめんね。」


 謝るくらいなら、最初っからやんなよ。


「でもね、あの子たち、乱馬のこと、かっこいいって言っててね、それで。」

「聞こえてた。」

「だから・・・乱馬があんまり人間のこと好きじゃないのわかってるけど。」

「だったら、あんなことおれにやらすな。」

「だって。」

「だってじゃねぇ。大体、おめーは・・・。」


 ちらりと送った視線の先には、今にも泣き出しそうな瞳と、
そしてその奥に、おれに対する明らかな怒りの感情が見てとれた。


「・・・・・・。」


 また、嫌われるようなこと、しちまったな。


 掴んでいる手の熱以上に熱い、その掴んだ腕の向こう側にある瞳が放つ、
ぴりぴりと痛い視線を背中に感じながら、なにも言えぬまま、歩き続けた。





                                   >>>>> さん へつづく






呟 事 (ひとり上手なやりとり)

まだ、つづくんですか?
つづきます。

ファンタジーになってます?
え? ええ・・・。

段々、どうにもならなくなってきたとか思ってません?
え? ええ・・・。


先行きがどうとか・・・本当にね。
いつまで続くのかも謎やし・・・というか、はよ書き終えてしまえ!って話で(汗)
いやいや、誰も見てない見てない(暗示)
それでも見てくださってる方には感謝と陳謝と・・・。   ひょう

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