そらをとべたら   よん




「きれー。」

 天井一面に輝く光に、あかねは感嘆の声をあげる。

 別に本物の星を見せてやることくらい、魔法で容易く出来るけど、
人間の作リ出す魔法に似たこの装置によって作られた夜空は、
ただの光にも関わらず、美しく幻想的で、興味深かった。
それよりなにより、あかねが喜んでくれている様子に、ほっとしていた。


「誰かと来たりするの?」

「誰かって・・・誰とだよ。」

「だから、乱馬が仲良くしてる、女の子とか。」

「そんな暇あるわけねぇだろ。一日中、おめーのこと・・・。」


 と言いかけて、言葉を止める。


「悪かったわね。おもりさせちゃって。」


 こういうとこが鈍感ならどんなにいいだろう。
それより、一日中見守ってる くらい、思ってくれたらいいのに。


「いいから黙って、上、見てろ。」


 まだ言い足りないといった表情をしたけど、あかねは黙り、上を見る。

 ひとつひとつ、夜空の星についた名前とその由来、
それらが作り出す物語に、あかねは身を少し乗り出すようにして、聞き入っていた。


 よっぽど、興味があるんだな。


 口元が緩やかにほころんでるのが、自分でわかる。

 こんな風に微笑むのは久しぶりかもしれない。
普段、懸命に隠す感情による表情の変化も、あかねに見えないここでなら、素直に出せるから。







「眩しい。」


 今まで暗かったのに、急に明るくなったから、あかねは目をぱちぱちさせている。
そんな様子を見ながらおれは席を立ち、出入口の方に向かい歩き出そうとした。


「待って。」


 あかねに手を掴まれる。


「なっ・・・。」


 やわらかな感触は、少しひんやりしていた。


「目が慣れるまで、少し待って。」

「べ、別にいいけど。」

 
 掴み返したい気持ちを押さえ、その場に立ちつくす。


「乱馬は、平気なの?」

「慣れてるからな。」


 暗闇の中にいてもあかねの姿を見守らなきゃならない、おれの目は、
どんな環境下においても、すぐに順応できるようにできていた。


「いいな。わたしなんか、全然だめだもの。
 急に暗いとこ入ったら、真っ暗で見えないし、
 暗いとこから明るいとこ言ったら、ちかちかしちゃう。」

「それが普通だろ。」

「ううん、乱馬が特別なのよ。」


 話していても、あかねの手の感触が気になって仕方ない。

 なんでこんなにってくらい、掌の感覚がやけに敏感で、
あかねの指の関節だとか、掌のしわだとかが感じ取れる。


 このままでいたいけど・・・。


 そう思うほどに、動かせない指先がもどかしい。

 本当はぐっと掴み、先導して連れ出したい。


「もう、いいだろ。」

「うん・・・ありがと。乱馬。」

「別に、おれはなにも。」


 あかねの手は少し冷たかったのに、離された途端、掌は外気に触れ、ひんやりした。







「さ、帰るか。」


 出口まで来たおれは、時計を見る。


「えーっ、もう?」

「大体、こんなもんだろ。」

「ご飯食べて、ここ来て、それだけ?」

「そうだ。」

「そういうもの?」

「そういうもんだ。」

「・・・もうちょっと、デートしよ?」

「・・・・・・。」


 なんか、嬉しいな。


「じゃあ、その辺歩いてみっか。」

「うん。」


 歩き出すおれを、あかねは呼び止める。


「乱馬。」

「ん?」

「・・・はぐれちゃったら、嫌だから手つないでてもいい?」

「い・・・いいけど。」

「ありがとう。」

「ほら。」


 差し出した手を、すごく嬉しそうな表情であかねが握る。
その手を、おそるおそる握り返した。


「痛くないか?」

「うん。」


 心中はすごく複雑で、表面的には単純に嬉しかった。

 だけど、あかねは純粋な気持ちでやってることであり、
今ここにいるのがおれじゃなくても、同じことを望むだろう。

 別におれじゃなくてもいい。おれである必要性はないんだ。

 だとしたら、素直になんか喜べない。

 おれ以外の誰かと、こうしてる姿なんか、想像したくもないから。


「ちょっと寒いね。」

「そか?」

「うん・・・乱馬の手は温かいけど。」


 そう言われてみると、あかねの手はさっきとは比べものにならないくらいに冷たかった。
おれが恥ずかしさで、かっと熱くなってるだけかと思ってたけど、そうではなく、
外の寒さで、あかねの身体は冷えていた。


「どっか・・・行く?」

「温かいとこに行きたい。」

「・・・おめー、人間の食う物 食えるか?」

「普段あんまり食べないけど、大丈夫。」

「なら・・・なんか、食おう。」

「いいの?」

「このまま、ここ歩いてても寒いだけだろうし。」

「わたしは大丈夫よ?」

「これも、練習だ。」

「・・・うんっ。」


 つながれた手に、力がこもっていた。







「乱馬って、こういうの食べるんだ。」


 注文した、ふわふわした生地に生クリームのかかった菓子をぱくぱく食べるおれの姿を見て、
驚いたようにあかねは言う。


「んだよ、わりーか。」

「ううん。ただ、意外だなって思って。」


 湯気の出ている飲み物に口をつけ、身体が温まったのか、あかねは微笑んで見せた。


「おれだってな、別に人間の食い物、嫌いじゃねぇんだ。」


 出来るだけ、その笑顔を見ないように、俯き、いっぺんにそれを頬張る。


「そんなに慌てて食べなくったっていいのに・・・そんなに、好きなの?」

「ああ。」


 あかねのことが・・・な。


「わたしも、好き。」

「え。」

「だって、すごく・・・おいしい。」

「・・・ああ、そうだろ。」


 気持ち読まれた? なんて、一瞬でも思い慌てた自分が恥ずかしい。
第一読まれてしまっていたら、こんなに易々とあかねには近づけるはずがない。


「わたし、今度作ってみる。」

「は?」

「これと同じ物、作って乱馬に食べてもらえるように頑張る。」

「いいよ、別に。」

「ううん。おもりさせてるお礼、したいって思ってたの。だから。」

「・・・期待せずに待ってる。」

「なによっ、失礼ね。」


 そうは言ったけど、おれの為になにかしてくれるという、あかねの姿に、
やっぱりこころは突き動かされていた。


「本当に、やんのか?」

「うん。」

「ちゃんと味、覚えとけよ。」

「わかってる。」


 そのふわふわをあかねはひと口食べては、感触と味を覚えようともごもご口を動かす。


「乱馬・・・出来るのよね?」

「わかりきったこと聞くなよ。」


 おれが指を弾くと、あかねの前に、今 食べていた物と全く同じ物が現れた。

 あかねは、少しおそるおそる・・・と言った様相で、それを口に運ぶ。


「・・・おいしい。」

「当然だ。」

「さっきのと、同じ・・・なんで? どうして?」

「んなこと言われたって、答えようがねぇ。」

「わたしも、やってみる。」

「ま、待て。今すぐなんて、そんな無謀なこと・・・。」


 弾かれた指の音と共に現れた・・・ふわふわというよりも、ふにふにした奇妙な弾力ある物体。
しかも、皿から溢れ出すほどの量。

 一体誰がこんなに食うんだよ・・・ったく。


「失敗しちゃったみたい。」

「みたいじゃねぇ。」

「でも、折角だし・・・食べてみてくれる?」

「・・・仕方ねぇな。」


 真ん中の辺りをすくい取り、口に放り込む。


「おいしい?」

「・・・・・・。」


 見かけとは違い、口に入れるとしっとりしていて、味も甘くておいしい。


「やっぱり、おいしくない?」

「いや、そんなことねぇけど。」


 それに、なんだかよくわからないけど、口に入れた時、ほわっとした優しさに包まれたような、
胸の奥がじわじわと温まってくような・・・そんな感覚が身体を駆け巡った。

 これが、今のあかねの気持ちなんだろうな。


「どうしてちゃんとしたの、わたしには作り出せないのかな。」

「・・・・・・。」


 不器用だから・・・なんて言ったら怒るかな。

 だけど、機械的に同じ物が作り出せるよりも、それを食べた時の気持ちや想いを、
作り出す物に込められる方がいいと思うし、それが出来ることがあかねの魅力だと思う。

 だから、おいしいと感じるんだと思うし。


「・・・努力が足りねぇんだろ。」

「頑張ってるんだけどな。」

「もっともっと、やんなきゃ駄目ってことさ。」

「もっと?」

「ちゃんと、付き合ってやっから。」

「うん。だったら、わたし、頑張るね。」


 その返事に、胸の高鳴りを感じてしまったおれは、慌てて立ち上がった。


「そろそろ、出るか。」

「うん。」


 あかねも立ち上がり、再びおれの手を握る。


「行こ。」

「・・・ああ。」


 馬鹿みたいに浮かれていく気持ちを懸命に抑えつけながら、出口に向かった。






 外に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。


「急いで帰らねぇとな。」

「・・・・・・。」

「あかね?」


 ぼーっとどこかを見つめるあかねの視線を追う・・・と、
恋人同士らしい一組の男女が、堂々とくちづけを交わしていた。
いくら暗くなったとは言っても、街灯があちこちを照らしていて、
その様子は、道行く者の視界にはっきりと映る。


「あの人たち、なにしてるの?」

「え・・・なにって・・・。」


 そんな説明に困るようなこと聞かれても。


「乱馬、知ってるのよね?」


 そりゃあ、知ってはいるけど。


「・・・恋人同士が、ああいうことして、お互いの気持ち確かめ合うんだよ。」

「ああしたら、相手の気持ち、わかるの?」

「そうだ。」

「ふうん。」


 あかねはとても不思議そうな表情で、その様子を見つめる。

 あんなことに興味持たれたら、あかねの父親になんと言われるか。
小言ならまだしも、この仕事自体、辞めさせられてしまうかもしれない。
そうなると困るから、あかねの視線を遮る。


「いいから、帰るぞ。」

「ねぇ、乱馬。わたしたちも、してみようか?」

「は?」

「だから、あれ。」


 あかねは、くちづけを交わしている男女を指差す。


「なっ、そんなこと、軽々しく口にするなっ。」

「どうして?」

「ああいうのはな、恋人同士がやることだからだ。」

「わたしたち、恋人同士じゃないの?」

「違う。」


 そう返事して、虚しくなる。


「恋人同士ってのは、大体の場合、お互いに好き合ってて付き合ってる男と女のことを言うんだ。
 そういうやつらじゃなきゃ、ああいうことしたりはしねぇ。」

「そうなんだ。」

「だから、今後絶対・・・特に人間の男の前で、そういうこと、言ったりするなよ。」

「うん。」

「いいな。絶対だからな。」

「わかった。」


 惜しいことしたなって、こころの奥底から聞こえてくる声を無視し、あかねの手をとった。


「じゃあ、帰るぞ。」

「うん。」


 抱きつこうとするあかねの腕を制する。

 これ以上、抑え込んでる気持ちを刺激されては困るから。


「手だけでいい。」

「・・・また、置いていかないでよ?」

「同じ失敗はしねぇ。」


 指を鳴らすと、すぐに、おれたちの姿は消える。

 後には、乾いた音だけが残っていた。



                                   >>>>> ご へつづく







呟 事 

長いこと書いてると、色んなことが書いてる途中にあるもので。
さっくり進む日もあれば、全く書けない日もあります。
・・・って言いながら、構想は出来てたりしてるんですが、
途中でああいうの書こうとか、こういうこと入れようとかしちゃって、
結局長々くどくどだらだら・・・・・・。
悪循環だなぁって、心底感じながらも、途中で止めたら、
それこそまた書き出すまで時間がかかるので、
書き終わるまで・・・・・・本当に、どんだけ時間かかるかわかんないですけど、
お付き合いくださればと思ってます。
っていいながら、あっさり終わるかもしれませんが。
ほんっとに、先行き不透明。まるで日本経済ね。      ひょう

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