そらをとべたら ろく 魔法世界へ帰ると、もうそこにはすでに親父とあかねの父と、 そして魔法世界を支配する王家の面々が顔を揃えていた。 「前々から話しておったと思うが。」 「ああ。」 親父の仕事を継ぐよりも、魔法世界で最上級の教育を受け、 この世界の為働くことを、おれは望まれていた。 そのことを昔から知ってはいたが、親父は無理強いしようとはしなかったし、 それに、外の世界を知ってこそと、どうやら親父は言っていたらしい。 けれど、本当のところ、親父は・・・多分、 おれが昔から抱いていた、あかねへの気持ちを知っていた。 これまでは、息子の感情を優先して、見て見ぬふりをしてくれていたのだろうけど、 あかねと直接関わるようになった途端、感情を抑えることなく、 あからさまな態度をとっているおれに危さを感じていたのだろう。 だから、今回、引き離そうとして、おれをこっちに呼び寄せたに違いない。 別にそれならそれで構いやしねぇけど。 人間と仲良くしているあかねのことを思い出しては、そう思った。 「乱馬くんのこと、すっごく気に入っておられてね、 ご覧のとおり、わざわざ王家の方々もこうして来られておられるのだ。」 「・・・そいつはどうも。」 「それで、このところのあかねに対するきみの仕事振り、真面目で忠実な姿に、 大変好意を抱かれたのが・・・王女さまなのだ。」 「・・・は?」 途端、話が見えなくなった。 「以前から、きみを王女さまの教育係にと言われていたのだけれど、 無理を言って、あかねの監視役の仕事を優先してもらっていたんだ。 早乙女くんも、早く隠居生活をしたがってたし。 だけど王女さまが、どうしてもきみに魔法を教えてほしいと言って、聞かないらしいのだよ。」 「そう言われても・・・。」 「あかねなら心配いらない。あの料理魔法はさておき、 人間界で学ぶべき最終魔法を使えるようになるのには、そう時間もかからんだろう。 それはきみ自身、よくわかってるだろう? あの子は物覚えが速いから。 それに、早乙女くんも復帰してくれると言っている。」 「いいのか、親父。」 「こういう事態だ。仕方あるまい。」 「今の仕事から、おれに手を引けと。」 「そうだ。」 「・・・・・・。」 「もし、きみがこの申し出を断ったら・・・この世界から追放されてしまうだろう。 それくらい、きみの力は、脅威なのだ。」 「けど・・・。」 「なにを迷う、乱馬。この世界の為、力を使うのが魔法使いとしての務め。」 「だからって、途中で投げ出せって言うのかよ。」 「・・・わかってることと思うが、乱馬くん。 きみは、この魔法世界始まって以来の力の持主。 王家に仕えるのは、この世界にとって、必要なこと。 それが、きみ自身の力にもなること、忘れてはならん。」 「・・・・・・。」 「なにも、今日明日にとは言わないが、早々にこちらへ戻ってくるのだぞ。」 勝手なことばっかり言いやがって。 そんなにこの力が必要だと言うのなら、いいさ、誰かにくれてやる。 おれには、ほんのちょっとだけ、惚れた女守れるくらいの力があればいいんだから。 だいたい、おれがこんなに真面目に仕事するのは、そのあかねが相手だからであり、 懸命になるのは、あかねの力になりたいからだ。 それ以外に理由なんかない。 こんな魔法世界なんかどうだっていい。 ただ、あかねのことだけ・・・それだけで、おれはいい。 喧嘩したようにして、あかねの元を離れてきたものの、 それでも、やっぱり、ひとり残してきてしかったから心配で、 自分の部屋へ戻り、中央に置いている大きな水晶を覗き見る。 これには自分の見たいと思った者の姿が、映りこむようになっていた。 当然、あかねの姿が映し出される。 今、あかね、どうしてるかな・・・なんもされてねぇかな・・・。 不安な気持ちで見つめた姿は・・・ これまでにないくらい、にこやかに笑う、笑顔のあかねだった。 屈託なく微笑む姿は、楽しそうで、嬉しそうで、幸せそうで・・・ いや、間違いなく、今、あかねは幸せに違いなかった。 こうなることを、どこかで予測してた。 感情豊かな人間に、あかねが惹かれてゆくことを。 こんな冷血なおれなんかより、あかねに対する、 愛しい気持ちや大切にしたい気持ちを目の前にすべて素直に提示してくれる、 単純な人間の方がいいってことを。 真っ直ぐなあかねには、そういう素直な人間がお似合いだ。 純粋なあかねには、そういう優しい人間がお似合いなのだ。 こうなると、完全におれは自分を見失う。 あかねにしてきた、これまでのことすべてが無意味に思えて、 おれ自身の存在の意味すらわからなくなる。 こんなことなら、あかねとあんなことするんじゃなかった。 少しでも夢を持ってしまった今、あまりにも辛い現実が、 おれのこころに鋭い剣のようにぐさぐさと突き刺さる。 一旦喜びを知ってしまった以上、 対になっている悲しみを知らずに生きるわけにはいかない。 一時の感情に流されてしまった、あの時の自分のあさはかさが恨めしい。 こんなことなら、手なんてつなぐんじゃなかった。 あの温もりを知らなければ、冷たさを知ることもなかったのに。 こんなことなら、料理食べるんじゃなかった。 これから先、どんな物を口にしても、決して美味しいなんて思えない。 こんなことなら、口きくんじゃなかった。 最初っから、諦めてればよかった。 こんなことなら、親父の仕事継ぐんじゃなかった。 仲良くなれるかもなんて、淡い期待持つからだ。 こんなことなら、出逢わなきゃよかった。 どうして、おれはあかねを知った? なんで、あかねと出逢ってしまった? 出逢ってなんかなかったら、こんな気持ち悪い感情に支配されることなどなかったのに。 それでも消えないあかねの姿。微笑む笑顔がいつまでも見える。 一緒にいる人間はおろか、周りにいる人間の視線までもが集中していた。 そんな顔して人間に話しかけるな。そんなに近づくな。 笑うな。 頼むから・・・おれ以外の存在に見せないでくれ。 どんなに思っても届かない想い。 いたたまれなくなったおれは指を弾き、水晶に黒い布を被せた。 顔を合わせたくなどなかった。 それでも、気持ちの整理のつかないおれは、あかねに会うことにした。 「おかえり、乱馬。」 「ああ。」 「どうだった?」 「別に。」 「そう。」 興味ないくせに、聞くなよな。 「・・・ね、人間の男の人って、すっごくおもしろいの。」 「へー。」 「今日、会った人はね、そんなにおいしくもない物なのに、 高価だからおいしいっていうのよ。おかしいわよね。」 「そだな。」 「・・・どうか、したの?」 「おれ、あっち帰るから。」 「え・・・いつ?」 「いますぐにでも。」 「そんな・・・わたし、もうちょっとで最後の魔法覚えられると思うの。だから。」 「親父たちがうるさいんだ。」 「でも。」 「じゃあ、な。」 「待って。」 あかねはおれの手をとっさに掴む。 「だったら、せめて、ごはん、食べてって。ね?」 「・・・・・・。」 仕方ないといった素振を見せつつ、テーブルの前の椅子に座る。 「なに食べたい?」 「一番得意なの。」 「うん。」 嬉しそうに、指を弾く・・・そんなあかねを、おれは複雑な心持ちでみつめていた。 「はい。どうぞ。」 少しして、テーブルいっぱいに料理が並べられた。 「ああ。」 ひと口、口に入れる。 「おいしい?」 「・・・まずい。」 「え。」 「こんなもの、食えねぇな。」 片っ端から、料理を消す。 「おれはもう、おめーの監視役をおりたんだ。食う必要ねぇ。」 「そんなに、わたしの料理魔法、だめ?」 「全くもってだめだな。」 「・・・そう。」 俯くあかねに、本当は違うと言いたかった。 おれが決めていいんなら・・・これでいいと言うだろうから。 だけど、それは、あかねの料理をおれが一生食べ続けることが条件で、 それは即ち、おれと共に生きていくことを選ぶということ。 あかねにそれを選ばせることは出来ない。 「じゃあ、な。」 最後くらい、笑わせてやれたらよかったな・・・。 暗くなった空へ飛び立ったおれはそう思っていた。 >>>>> なな へつづく 呟 事 読み辛いとこ多々かと思いますが・・・って、今更なので、このへんで。 できればもうすぐ終わりたい・・・というか終わらせたいと思ってます。 希望というか願望。 ひょう