そらをとべたら く 「天道さーん。」 ドアの外で呼ぶ声があかねの耳に入ったのは、名前を五回も呼ばれた後だった。 「は、はーい。」 慌てて玄関に向かうあかねに、外からの声は言葉を続ける。 「私ー。」 「今、開けます。」 ドアが開くと、そこにはどうやら学校の友達らしき女が数人と・・・一人の男の姿があった。 どこかで見たな・・・あの顔・・・ああ、あかねの言ってた、人間の男か。 「ひょっとして、寝てた?」 「ううん。」 「なら、よかった。」 「急に学校休んだから、びっくりしちゃって。」 「それで、お見舞いにって。」 「ありがとう。ごめんね、心配かけて。」 「あれ? 天道さん、泣いてたの?」 「えっと、あの・・・。」 「ひょっとして、原因は例の男の人?」 「え?」 「いつか、学校に迎えに来てた・・・ちょっと怖い感じの。」 「乱馬のこと?」 「あかねちゃん、そいつになんかされたの?」 人間の男はおろおろしながら、あかねに近づこうとする。 おれはそいつがあかねのことを あかねちゃん などと気安く呼ぶことにむかつきながらも、 そのまま様子を見続けた。 「乱馬はそんな・・・わたしがいけないの。わたしが、料理できなくて、それで・・・。」 そう言い、あかねの頬をぽろぽろと大粒の涙が零れつたっていく。 「なんなの? その乱馬って人!」 「大体、どうして天道さんが、その乱馬って人に料理をしてやらなきゃなんないのよ。」 「それは、わたしの勉強のために。」 「そんなの、おかしいわ。」 「そうよ、そうよ。作ってもらっといて、文句言うなんて、最低な男ね。」 「天道さん、その人に私たちが文句言ってあげるから、ここ連れてきて。」 「そ、そんな。乱馬は悪くなんか・・・。」 「いいや、あかねちゃんをこんなに悲しませてるんだ。充分悪い奴さ。」 うるせぇな・・・人間のくせにおれに喧嘩売ろうってのかい。 「本当に、みんなが思ってるような人じゃないから。」 「けど。」 「・・・なんだ、やっぱりおまえが原因か。」 奥で寝ていたはずの親父がいつの間にかおれの隣に立つ。 「お、おれは別になにもしちゃいねぇよ。あかねが勝手に。」 「ほんっとに、おまえは昔っからそうだが、ほしいものをほしいと言えんな。」 「・・・・・・。」 そうこうしてる間に人間たちの話も終わり、 ひとり、またひとりと、あかねに挨拶をしてその場を離れていた。 けれど、男だけはいつまでもひとり残り、あかねにしつこく話し掛ける。 「本当に、言わなくていいの? 乱馬って奴に。」 「ええ。」 「ひょっとして、脅されてたりしてんじゃないの?」 「ううん、それは違う。そんなことない。」 「僕でよかったら、力になるよ。」 「うん、ありがとう。」 「本当に? だったら・・・・・・。」 「え?」 「いいから、ね?」 何を考えたのか、男はあかねの肩に触れようと手を伸ばす。 「なっ!」 気安く触んじゃねぇっ! その時、ばちばちばちっと男の身体をまぶしい光が駆け巡った。 「え?」 「・・・おまえ、あの男になにしたんだ?」 「おれは、別になにも。」 と言った後、思い出した。 そう言えば、以前あかねが人間の男とふたりだけで会うといった、あの日、 あかねに防御の魔法をかけていた。 あかねがこころを許さぬ限り、触れたいと思わぬ限りは決して あかねの身体に触れることが出来ない。 こんなとこで、あの時のあれが役に立つなんてな。 人間の男の身体は軽く弾き返され、向かいにあった壁にぶち当たる。 「あ・・・れ?」 「ちょっと、ひどいな、あかねちゃん。そんなに、怖がらなくったっていいじゃない。」 「わたしは、なにも。」 「僕が、慰めてあげるから。」 にじりにじりと懲りずに詰め寄る男にあかねは困惑を隠せない。 「・・・あの、なにを?」 「え? そんなの、聞かなくったってわかるでしょ。」 「わ、わからない。」 「そっか、あかねちゃん、奥手なんだね?」 「奥手?」 「キスしたことないんでしょ?」 「・・・・・・あの・・・そういうことは、恋人同士でないと。」 「僕たち、いずれはそうなるんだから、事が前後するくらいどうってことないさ。」 「ええい、乱馬、なにをしておる! さっさと行って、あかねちゃんを助けて来いっ!」 「んなこと、できっかよっ! 第一、あかねには魔法が。 それに、あかねがあいつのこと好きだったら、邪魔するだけじゃねぇか。」 「じっとしててね、あかねちゃん。」 男はあかねに飛びかかる。 「きゃーっ!」 「いいから、行けっ!」 「ば、ばかっ。なにしやがるっ。」 親父は突然、おれに魔法を放った。 目の前には再び弾き飛ばされ、倒れた男の姿があった。 「あかねに一体、何の用だ?」 「・・・乱馬。」 あかねはおれの後ろに隠れ、腕を掴む。 ・・・その手は少し震えていた。 「悪かったな。遅くなって。」 「ううん。」 男は唸りながらも立ち上がる。 「な、なんなんだ、あんたは。」 「おれは、あかねの・・・。」 「そうか、あんたが乱馬だな。」 勝手に呼び捨てするな。馴れ馴れしい。 「だったらどうした。」 「あかねちゃんから離れろ!」 「どうして?」 「どうしてって・・・あかねちゃん、そいつから離れてこっちに来るんだ。」 「嫌。」 「きみはその男に騙されてるんだ。」 「随分な言い方だな。」 「そうに決まってる! そんな奴より、僕と一緒にいた方が幸せになれる。」 「・・・・・・。」 確かにそうかもしれない。 おれはあかねを幸せにすることなどできやしない。 おれのこころの中を知ってか知らずか、あかねの握る力がぐぐっと急に強くなり、 掴まれた腕が少し痛んだ。 「お願い、乱馬・・・わたし。」 「ああ・・・わかってるさ。」 おれは人差し指で男を指し、あっちへ行くように指をくいっと動かした。 「わ、わぁっ。」 男は突き当たりの壁にぶつかる。 「あかねには近づくな。もし、近づけば、おれが許さねぇ。」 「ひ、ひぃーっ!」 男は振り返ることなく、転がるように逃げていった。 「乱馬・・・。」 あかねの腕がおれの身体に回される。 背中に顔を押し当てて、あかねは静かに深呼吸を繰り返した。 それでも、よっぽど怖かったのか、小さな震えは止まることなく、背中越しに伝わってくる。 「ありがと。」 「べ、別に。親父の代わりに来ただけだ。」 「ううん・・・それでも、嬉しい。」 「・・・・・・。」 腹の辺りにある、あかねの手をゆっくりと優しく、握りしめた。 「ちっとは落ち着いたか?」 「うん・・・。」 開かれた口元がかたかたと震えてかちかちと歯が鳴る。 「・・・うんって、全然、駄目じゃねぇか。」 「だって。」 「落ち着く方法とかねぇのかよ。」 「・・・空を見れば、少しは落ち着くと思う。」 「仕方ねぇな。」 あかねを窓際まで連れてくる。 すでに日は暮れ、夜空が広がり、星々が輝いていた。 「こんなんでいいのか?」 「うん。」 そういや、今日一日、あかねは空ばっかり見てたな。 「もちっと近くに行くか?」 「え?」 おれはあかねの身体を抱きかかえる。 「乱馬?」 「しっかりつかまってな。」 そう言い、黒い翼を広げたおれは、その闇の中へ飛び立った。 「やっぱり、本物の方が綺麗だね。」 「そんなの当たり前だろ。」 「それに、少し近づいただけで、こんなに明るいんだね、星の光って。」 「・・・こんなんで、本当に落ち着くのか?」 「うん。わたし、空を眺めてるの好きだから。」 「そっか。」 星の光に照らされて輝くあかねの姿に目を奪われ、一時、自分の存在すら忘れてしまう。 きらきらと光を反射する瞳。なんの曇りもかげりもない、澄んだ瞳。 「こんなに近くにこれるなんて思ってもなかったから・・・すごく嬉しい。」 「そんなに近づきたいんなら、早く、魔法を覚えてしまうんだな。」 「うん・・・。」 「こっちでやるべきことが全て終われば、翼がもらえる。 そしたら、いつだって空を飛べるようになる。」 「それまでの間、乱馬がこうやって見せてくれるといいんだけど。」 「・・・・・・。」 返事は出来なかった。 これから先、おれの姿があかねの瞳に映ることはもうない。 二度とこんなに近づくことはできないのだから。 「もっと高く、飛ぼうか?」 「うん。」 あかねの身体が持つ、あったかい温もりをこの先 一生忘れぬようにと、 強く抱きしめ、自らの身体に刻み付けた。 >>>>> じゅう へつづく 呟 事 乱馬くん大忙し。東奔西走、そんな感じ。 でもって、まだまだも少しつづきます。 いい加減にしろって・・・て話ですけど、 ここまできたらどうにでもなれって、言うとこの捨て身。 窮鼠猫を噛めるかどうか・・・なんのこっちゃ。 ひょう