そらをとべたら じゅう それから、魔法世界に戻ったおれは、そのまま城の書庫にこもり、 自分の意思とは関係なく、上級魔法を次々と身につけていった。 余計なこと・・・あかねのことを考えないでいるためには、そうする他なかったから。 あかねのこと、なにもかも忘れたかったし、楽になりたかった。 人間界にいるあかねを想えば、もやもやして苛々してむかむかした。 それでも、魔法をひとつ覚える度、あかねとの思い出が甦る。 教えれば教えただけできた、あかねを。 勉強が終わると必ず出してくれた、甘い飲み物を。 そばによるとほのかに香った、やわらかな匂いを。 思い出すたび、首を振ったけど、おれは、この気持ちの悪さが嫌というわけではなかった。 ちゃんとその中に、あかねとのささやかだけれど、幸せな時間があったから。 だからこそ、記憶操作の魔法を覚えた今も、自らにかけようなどとは思わない。 口にさえしなければ・・・悟られさえしなければ、 一生、こころの中にしまいこんでさえいれば・・・自ら忘却を選ばなくてもいいはずだ。 あかねを忘れたくなんかない。この気持ち、忘れたくない。 そんなおれの気持ちをよそに、王女との話はどんどん進み、 後戻りの出来ない状況を作られていた・・・。 「今日は我等のことをこの世界の者たちに知らしめる。よいな?」 「・・・いいも悪いも、もう決まったことなんだろ。」 「ふむ。段々と物分りがよくなってきたな。」 「うるせーよ。」 「口の悪さは相変わらずのようだが。」 その夜、城には王家の面々をはじめとして、各地の王族たちが集められ、 盛大なパーティが催された。 もちろん、面目は、おれが王家に入ることを知らしめること。 すなわち、おれが王女と一緒になり、王家を継ぎ、この世界を治めることを広める為だった。 「この方が、王女さまのお相手なのですね。」 「なんでも強大な魔力をお持ちだとか。」 「これでこの世界も安泰ですわね。」 王女に腕を組まれ、身動きを取ることも出来ず、隣に黙って立ち尽くしていたおれに、 次々と発せられる勝手な言い分。 確かに、王女のことを拒みはしなかった。 だからといって、受け入れたというわけじゃねぇ。まだ、おれは・・・。 意識せずとも、表情は強張る。 「お前も、少しは笑え。」 あまりにも愛想のない対応をするおれに業を煮やしたのか、王女はそんなことを言い出した。 「おかしくもねぇのに笑えっか。」 返答したおれに、王女は不敵な笑みを浮かべる。 「そう言うであろうと、予測しておったわ。」 「は?」 「お前の為に、おもしろいものを用意しておる。」 王女はひとつ、指を弾いた。 「あ。」 ぱっと目の前に現れたのは・・・。 「・・・あかね。」 胸元が少し広めに開いている、真っ白なドレスに身を包んだ、あかねだった。 おれは慌てて王女の手を振り解き、あかねに近づく。 化粧をしているのか、頬と、唇が赤かった。 こんな姿のあかねを今まで見たことなどなかったから、戸惑ってしまう。 「どっ、どうしたんだよ。」 「おじさまがね、特別にって。王女さまからもお声をかけていただいてて、それで。」 「だからって、なんで。」 「・・・・・・。」 親父は一体、なに考えてんだ? おれをあかねとくっつけようとしてんのか、それとも引き離そうとしてんのか・・・。 「そなたがあかねか。」 王女は更に不敵に微笑みながら、おれたちの側にやって来た。 「は、はいっ。はじめまして。本日はお招きありがとうございます。」 「うむ。乱馬がなにかと、そなたに世話になったと聞いてな。礼を言わねばと思い、呼んだのだ。」 「そんな。わたしの方が乱馬には、数え切れないくらい助けてもらいました。 それに、迷惑ばっかりかけてて・・・邪魔ばっかりしてて・・・本当ならもっと早く、 こっちで魔法のお勉強、出来てたのに。」 「・・・・・・。」 目の前にいるのに、あかねが遠い。 「いやいや。今、こやつがここにおるのも、そなたのお陰だ。」 「そんな。わたしはなにも・・・。」 「そう謙遜せずともよい。乱馬のこと、ありがとう。」 王女はあかねに向かって、頭を下げた。 「おっ、王女さまっ。やめてください。わたしの方こそ、乱馬には、 お礼を言っても言い足りないくらいなんですから。」 あかねは慌てて、ふかぶかと頭を垂れた。 あかねがお辞儀をしている隙に、おれは王女の腕を掴む。 「・・・ったく、いい加減にしろよな。」 「お前は口出しせずともよい。」 純粋なあかねは、これが王女の嫌がらせなどとは思っていない。 素直に受け止め、素直に返しているのだ。 そんなあかねの姿はおれには痛々しく見える。 だけど、おれにはどうすることも出来なかった。 ただ、あかねが頭を上げるのを、黙って待っていることしか。 「・・・そういえば、そなた、乱馬から魔法を教わっておったとか。」 「はい。」 「ならば、ちょうどよい。私たちへの祝いの気持ちを、なにか魔法で示してもらおう。」 「ええ。喜んで。」 嫌な予感がよぎる。 「なにがよいか・・・おお、そうだ。料理はどうだ?」 「え。」 「人間の世界では、こういう席に大きなケーキというものを用意すると聞く。 私は人間世界へ降りたことがないのでわからぬ。 そのケーキという代物を、ここに作り出してはくれぬか?」 やっぱり・・・料理魔法の出来ないあかねに、なんてこと言いやがる。 「待て、あかねは。」 「やります。ぜひ、やらせてください。」 「お、おいっ。」 おれの制止も聞かず、あかねはふたつ返事で引き受ける。 「おお、そうか。では、ひとつ頼む。」 「はい。」 真剣な面持ちで、あかねは指を軽く一度弾いた。 「これは、なんだ?」 「・・・あの・・・。」 あかねが出したのは、見事に形の崩れた・・・淡いピンク色をしたケーキだった。 「ケーキだ。間違いねぇ。」 当然とばかりにおれはそう言い切る。 「これがケーキとな。」 「ああ、そうだ。あんたは知らねぇんだよな。」 「うむ。」 「人間世界じゃ、これがケーキという代物だ。」 「ほほう。」 しげしげと王女はあかねの作り出した、それを眺める。 「乱馬。」 あかねはおれの袖を掴んだ。 「なんだ。」 「・・・ちょっと。」 仕方なく、身体を少し曲げ、あかねの顔に耳を近づける。 「どうかしたか?」 「王女さまに失礼よ。」 「なんで。」 「なんでって・・・あんなの、ケーキだなんて。」 「いいんだよ。知らねぇんだから。それに・・・。」 「え?」 「いや。」 おれにはちゃんとケーキに見える。 「どれ・・・ひとつ馳走になるか。」 「あっ、待ってください。食べない方がっ。」 王女はそれを口に入れる。 「・・・・・・。」 「・・・王女さま?」 「・・・人間とは、とかく奇妙なものを好むのだな。」 「奇妙? そんなことねぇだろ。」 おれも、それをひと口食べる。 「甘い物だと聞いておったのだが・・・。」 「・・・・・・。」 「やっぱり、おいしくなかった?」 おれの顔色を窺い見たあかねは、自ら作り出したそれを口にした。 「・・・苦い。」 どうしてだろう? 見栄えが悪いのはいつものことだけど、味は大丈夫かなって思ってたから、 正直言うと、この味には驚かされた。 おれのこと・・・おれと王女のこと、祝福してくれてるんだよな? だから、こんなとこまで来たんだろ? もし、おれだったら・・・あかねが他の誰かと幸せになるとこなんか、見たくない。 でなきゃ、わざわざ、こんなとこまで来るもんか。 「ごめんなさい。わたし、お料理魔法、得意じゃなくて・・・。」 「そうなのか?」 「はい。だから、本当は・・・本当のケーキというのは、こんなのとは違うんです。」 ・・・黙ってりゃ、いいものを。 「そうか。」 「本当に、ごめんなさい。」 「いやいや、構わぬ。私の方こそ、まさか料理が出来ぬとは思わなかったのでな。 しかし、初歩魔法が出来ぬとは・・・そなたと一緒になる者はなにかと大変であろうな。」 「・・・・・・。」 「もういいだろ。おれ、ちょっと話しあっから。」 「ああ。しかし、あまり時間はないぞ。まだまだ、出席者への挨拶は残っておるのだからな。」 「わかってる。」 「・・・・・・。」 「ちょっと、こっちこい。」 俯き、落ち込むあかねの腕を掴み、窓際へ連れ出す。 「だから止めとけって言ったんだ。」 「・・・だって。」 「だってじゃねぇだろ。おめー、わざわざ、恥かき来たのか?」 「違う。」 「そうだろ。だったら、早いとこ、あれ、消して、人間世界に戻れ。」 「・・・ごめんね。やっぱり、わたし、乱馬の邪魔してるね。」 「はぁ?」 「乱馬に教わってたのに、こんなに出来が悪いなんて知って、 王女さま、がっかりされてた。」 「いや・・・そんな風にあいつは思っちゃいないさ。」 あかねが落ち込み、そして、人間世界に堕ちることを、王女は計算し、今回の行動に出たはず。 「そ、そうだよね。王女さまがそんな風に思うわけないよね。」 「あかね?」 「ごめんね、わたし・・・乱馬のこと・・・。」 「ん? なんだ?」 「ううん・・・ね、乱馬。王女さまって、とても綺麗な方なのね。」 「・・・まあ、見かけは悪くはないかもな。」 「わたしとは全然違って、大人っぽくて、美人。」 「うーん・・・そうとも言えなくはないけど。」 「・・・魔法も、すごく上手なのよね?」 「なにせ、魔法世界の王女だからな。」 「だよね。すっごく、ふたり、お似合いだもん。」 「は?」 「ごはん、おいしい?」 「まあ、普通にな。」 「・・・比べものになんかならないね。」 「比べることねぇだろ。」 「そ、そうだよね。わたし、さっきから、なに言ってるんだろ。」 「いや、そういうことじゃなくてだな。」 あかねには、あかねだけがもってる、ちからがあるんだから。 相手の優れたところと、自分を比べたって、相手がよく見えるに決まってる。 次元が違うっていうか・・・そもそも、比べる対象じゃねぇっていうか。 おれに言わせたら、あかねは王女となんか、比べものにならねぇ。 あかねを誰かと比べるなんて、そんなこと出来やしねぇんだ。 「・・・もう、いいか? おれ、見たらわかると思うけど、すっげー忙しいんだ。」 おれの言葉を完璧に誤解したようだが、今更、解く必要もないだろう。 そう思い、あかねに背を向けた。 「あ・・・も少しだけ、いい?」 翼の隙間から出た上着の裾を掴み、あかねは下を向いて黙ってしまった。 「・・・・・・なんだ?」 「わたし、ね・・・もう、こっちに帰らないかもしれない。」 「え。」 あかねの口から発せられた言葉を、しばらく理解することが出来ず、 おれはただ、呆然と空を見つめていた。 >>>>> じゅういち へつづく 呟 事 やっぱ長いよ。 本当だよ。 どうにかしろよ。 このやろう。 みたいな、そんなお気持ちを考えつつ、感じつつ・・・いや、まー実際、 こういうのって自分的に言うと、自己満足やから、どーだっていいことやったりすんですけど。 そんでもなぁ・・・ネットで配信しちゃってるから、そうも言ってられないのか・・・。 というか、これ、ずっと最初から読み続けてる人の割合て、ここにお越しくださってる人の 何割くらいなんだろうなぁ・・・と、この頃そんな目に見えないものを考える、 考えたってどうにもなんねぇだろっ! とわかってるんですけど、考える、そんな感じですー。 以上、私の近況でした。 ひょう