待ち時間





 乱馬遅いな。なにしてるんだろ。

 ベランダから外に出て、空を見上げた。

 まだ星は見えないけど・・・青かった空の色が藍くなって、白かった雲も、灰青になって目に映る。

 この時間になると、風は冷たい。

 目を閉じれば、風が身体中を駆け抜けていくのを感じる。

 ゆっくり、目を開ける。

 雲が流れていく。


 こんなことやってるほど、わたしは暇じゃない。
 宿題だってやらないといけないし、お風呂にだって入らなくちゃ。

 だけど、乱馬のことを待つ、この時間は、わたしにとって、すごく大切。
 不安だらけの気持ちですら、大事にしたいくらいに。



 どうせ、また・・・。

 帰りが遅いと、どうしても沸き上がってくる考え。

 幸せそうな表情をして帰ってくれば、当たり。

 見えないところで、知らない話して、手の届かない時間を過ごしてきた証拠。

 不安を抑え切れなくて、口に出して言うと、ひどく怒る。

 その姿が、余計に痛い。

 後ろめたいと、大きな声を出す、乱馬のくせ。
目は泳いでるし、ばたばた手を動かして、必死に誤魔化そうってしてるの、みえみえ。

 も少し、上手に、嘘つくなら、ついて。
鈍感なわたしにわからないようにするの、簡単でしょ?





 玄関の開く音。

 慌てて廊下に出て、だけど、乱馬には悟られないように、わざとゆっくり、階段を降りる。

「あ、おかえり。」
「ただいま。」

 靴を脱いで上がろうとしていた乱馬に、まるで通りかかったように装った。

 本当は、待ってたのに。

「遅かったのね。」
「ああ。」

 立ち尽くすわたしの横を、乱馬はすっと通り過ぎる。

「・・・・・・ご飯、食べて来たんでしょ?」
「・・・い、言っとくけどな。」

 ・・・また、始まった。

 下手な言い訳。
そんなことするくらいなら、黙っててくれた方がどんなにいいだろう。

 だけど、解かってる。これが、乱馬の優しさってことくらい。

「・・・いいよ、言わなくったって、わかってるから。」
「な・・・なにがわかってんだよ。」

 言ったら、怒るくせに。

「別に。」

 そう言い残して、去ろうとするわたしの腕を、乱馬は掴む。

「・・・なに、するのよ。」
「なにも、しないさ。」

 振り解こうとして腕を振るけど、乱馬は手を離してくれない。

「だったら、離して。」

 そう訴えるけど、乱馬の力は強くなる。

「離して。」
「いつになったら、ちゃんと話を聞いてくれるんだ?」

 馬鹿みたいに真面目な顔。
その瞳が怖くて、まともに見れない。

「い、いつだって、ちゃんと聞いてるじゃない。」

 力いっぱい腕を動かしたら、ようやく自由になった。

 何も言わず、わたしは階段を駆け上がり、再度ベランダに立つ。
走ったせいもあって乱れた息を、胸に手をあて、ゆっくり整えた。


 本当は、いつも茶化してた。
乱馬が何か言おうとしたら、わざと遮って、逃げ出して、耳を塞いだ。

 乱馬の話を聞くのが怖い。真実を話されるのが怖い。
 他の子が好きだって、言われるのが怖い。
 聞いたら、認めなきゃならなくなる。
 乱馬の気持ち、尊重しなきゃならなくなる。

 そんなの嫌。

 だったら、ずっとこのままの方がいい。
 乱馬の優しさに浸かって、甘えていたい。



「おい。」

 手すりに頬杖ついたまま、横目で乱馬の姿を見る。
視線が合うと、乱馬はこっちにやって来た。

「・・・・・・。」

 逃げ出したい。

「そんな格好でこんなとこいたら、風邪引くぞ。」

 そんなこと、解かってる。

「なぁ。」

 反応しないわたしに、乱馬は何度も話し掛ける。

「そんなに楽しいのか?」

 乱馬はわたしの真似をして、顔を上にあげ、空を見上げた。

「・・・・・・。」
「・・・何か、見えんのか?」

 乱馬は目を大きく見開いたり、逆に細めたりしてる。

「そんなこと、したって・・・。」

 話し掛けたわたしに、乱馬の視線は移った。

 いきなりのことで、少し動揺してしまう。

「・・・な、なに?」

 幸い辺りは暗いから、顔が赤くなっていくのは見つからずに済みそう。

「・・・・・・。」

 乱馬は何も言わず、手を差し出す。

「え?」
「いい加減、本当に風邪引くぞ?」
「・・・うん。」

 連れ出そうとして出された手を、わたしは躊躇いなく握りしめる。

「冷たっ。」
「ご、ごめんっ。」

 自分で思ってたよりか、身体は冷えていたらしく、乱馬は驚きの声を上げた。
その声を受け、慌てて手を引こうとしたけど、素早く乱馬の手がわたしの手を包む。

「ら、乱馬。」
「・・・ったく。いいなっ! しばらく、離すなよ!」
「う、うん。」

 顔を背けてるから、どんな表情してるのかはわからない。
 だけど、握られた手から伝わる熱が全身に伝わるくらい、乱馬は暖かかった。
 だから、きっと・・・乱馬も赤くなってるんじゃないかなって思う。
 だったらいいなって、そう思う。

 いつか、この家にただいまって言うんじゃなくて、わたしに向かって言ってほしい。

 この想いが現実になることを願いながら、窺い知れない表情の横顔を見つめていた。










                         =おしまい=




呟 言
ベランダでなにかという、そんなシチュエーションが書きたかったのと、
この季節、夕の頃の空の色が堪らなく好きなので、それを言いたかったのと。

煮え切らねぇなぁ・・・ていう、そういう姿が、乱馬くんとあかねちゃんだなってことで。
何書きたかったのさっていう、そういう部分については、そっとしておいてくだされ。

後、ベランダなんですが、バルコニーのような気がしなくはなく・・・でも、
ベランダをバルコニーに変えた途端、渚の―がよぎっていってしまい、
私の中でしっくりしなかったと・・・。       ひょう

ちなみに・・・同じシチュエな未来編もあったり(汗)   >>> ワープする

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