お祝いの日 今日は、なぜか朝から家の中が慌しかった。 いつもだらだら眠っている親父でさえ、早々に布団を片付け、どこかに出かけた様子。 窓は開けられ、日が差し込む。 「うーん・・・。」 それでも目を閉じていたが、耳元に聞こえてくる、ぱたぱたとはたかれるほうきの音に、 さすがに寝ているわけにもいかないと感じ、のろのろと起き上がった。 「ようやく起きたのね。おはよう。」 「ん・・・おはよ。」 かっぽうぎ姿の母が、こちらを向いてにこりと微笑む。 「まだ、八時だっていうのに、なんの騒ぎなんだ?」 「みんな、早くから起きて、支度を始めているのよ。」 「支度?」 「ええ。」 時計の針を見つめていた視線を、カレンダーに移す。 「今日って・・・何の日だ?」 「忘れたの? 今日は、あなたの誕生日でしょう。」 「え・・・。」 誕生日? 「・・・本当に忘れてたのね。」 「そうだったっけ?」 「そうですよ。だから、みんなでお祝いしようとして、張り切っているの。」 ・・・そっか、今日はおれの誕生日か。 「せっかく祝ってくださるのだから、ありがたく気持ちを受け取るのですよ。」 「わかってるよ。」 別に、忘れたくて忘れてたわけじゃない。 ガキの頃からこれまで、誕生日をちゃんと祝われた記憶なんかなかったから。 今まで一度も・・・ひょっとしたら、母はやってくれたのかもしれないけど、記憶にないし。 第一、生まれた日なんて、母に聞くまでは ちゃんと知らなかった。 だからなのか、おれはこういう特別な日にどんな顔してたらいいかわからない。 今日だって、正直言うと、こんなことされて少し困惑していた。 だけど、母の言うとおり、自分のためにと動いてくれる皆の気持ちを嬉しく思うことにした。 顔を洗っていると、台所から、なんだかおいしそうな・・・そして、どこか暖かい匂いが漂う。 おのずとそこへ近づくおれの気配に気がついたのか、入口に、エプロン姿のあかねがいた。 「は、入っちゃだめだからね。」 「喉、渇いた。」 「・・・待ってて。」 あかねは一旦そこを離れると、奥のある冷蔵庫に向かう。 その隙に、ざっと台所の中を見渡した。 相変わらず、不器用さを強調している、変な形のケーキがそこにあった。 「・・・・・・。」 それを見た途端、胸が締め付けられて熱くなる。 「はい。」 「ん。」 コップが差し出され、それを、一気に流し込む。 身体は冷えたけど、熱を持った胸だけは熱いままだった。 「・・・もう、いいでしょ。わたし、忙しいんだから。」 「ああ。」 あかねはコップを受け取ると、再び、奥へ引っ込んだ。 「腹、減ったな。」 飾り付けをするからと追い出された居間から玄関に出たおれは、戸を開けて、そこに座る。 涼しい風が吹くそこに、そのまま身体を倒して、寝っ転がった。 しばらく、そうしてたけど、やっぱり空腹には勝てそうもない。 また台所に行ったら、あかね怒るかな・・・。 こんなことなら、親父が起きたときに一緒に起きて、朝飯食っとくんだった。 そんなことを思い思い、入らない力で無理に起き上がり、再び台所へ向かう。 やっぱり、入口にはあかねがいた。 「今度はなに?」 「腹、減った。」 「・・・・・・。」 あかねはテーブルの上にあった皿をひとつ手に取り、おれに差し出す。 「これでも、食べてて。」 「・・・なんだ、こりゃ。」 見た感じ、なんだかよくわからない。 鼻先に皿を近づけると、ほのかに甘い香りがした。 「ちょっとだけ、失敗しちゃったの。」 「・・・ちょっと?」 「今はそれしかないからね。」 その場に座り、それを指先で軽くつついてみる。 弾力があり、ふかふかした感触に、どうやらケーキのスポンジ部分であったらしいことがわかった。 適当な大きさにちぎり、ぱくっと頬張る。 「・・・食べたの?」 「・・・牛乳。」 「え?」 「喉に詰まるから、牛乳よこせ。」 「う、うんっ。」 それ以上なにも言わず、黙々とそれを口に運び、綺麗になった皿をあかねに返した。 「まずくなかった?」 「おいしくは なかったな。」 「・・・・・・。」 顔色がさっと青ざめていくのがわかる。 「いや、だから。」 「もう、ここへはこないで。」 慌てて弁解しようとしたけど、あかねはそそくさと奥へ行ってしまった。 「そんなつもりじゃなかったのに。」 ・・・失敗したって言ってたから、それなのにおいしいと褒めたら、 無理してるって思うだろうから・・・と、おれなりに気を利かせたつもりだった。 「ほんっと、だめだよな。」 こういうとこが、相変わらず・・・上手く出来ない。 いっこ歳を取るのに、全然成長していない自分が情けなかった。 お昼になって、一緒に飯を食ったけど、あかねは一度もおれを見ようとはしなかった。 おれの方も、顔を合わせ辛かったから、三時のお茶の時も、一度も視線を合わせなかった。 そうこうしていたら、夕方になり、誕生日を祝う宴が始まる。 気まずい雰囲気のまま、あかねは無言でテーブルに作った料理を並べていた。 「わぁ! たくさん、作ったのね。」 「うん・・・。」 「乱馬くん、いっぱい食べなきゃ駄目よ。」 「ああ。せっかくだからな。」 おれの返事に、あかねは驚いたようにこっちを見た。 「早く、始めようぜ。」 「待って。後、ケーキで最後だから。」 顔を赤く染めながら、あかねは台所へと向かう。 ・・・よかった。 割とあっさり溶けたわだかまりに、ほっとした。 そうは言っても、多分あかねは、こんな時なのだから・・・と、気を遣ってくれたに違いない。 それに、おれ自身、こういうことは苦手だと思いながらも、 こんな時なのだから・・・と、どこかで思っていた。 だから、いつもなら言えない返事がちゃんと返せたんだと思う。 最後に見栄えの悪い大きなケーキがおれの目の前に運ばれてきた。 また、胸の奥が締め付けられて熱くなる。 人目がなかったら、きっと我慢できず、あかねを抱きしめていることだろう。 それほどまでに、あかねの手によって作られた、このケーキはおれのこころを擽っていた。 「お、大きいねぇ。」 「ちょっと大きすぎたかな。」 「じゃあ、ろうそくたてるわよ。」 ふわふわ としたクリームの上にたてたろうそくは、柔らかすぎるせいで、中ほどまで埋もれていた。 「一気に火をつけて、すぐに吹き消せば大丈夫よね。」 「どうかな・・・。」 それでも、ろうそくに火を点さないわけにはいかない。 部屋の明かりはおとされ、おじさんが手早く、火をつける。 すぐに吹き消そうとしたおれの口を、あかねの手が押えた。 「んっ。」 「お願い事、して。」 「え?」 「ろうそく、吹き消す前に、お願い事するの。」 「・・・・・・。」 なんだかよくわからないけど、そうするものらしい。 「願った?」 「ああ。」 おれは、一息ですべてを吹き消した。 電気がつくと同時に、皆から祝いの言葉が飛び出す。 やっぱり、どんな顔をしていたらわからず、ただ頭をかきながら、お礼を言った。 「それじゃあ、ケーキ、切り分けるね・・・あっ! ろうが垂れてる!」 「待て、まだ触るな。」 あかねは溶け出したろうそくを慌てて手に取る。 「熱っ。」 案の定、熱いろうそくを手から離し、ふくらはぎに落としてしまい、 急いで払い落としたけど、その場所が赤くなっていた。 おれはあかねを抱え上げ、風呂場につれていき、その部分に水をかける。 「普通に考えたらわかりそうなもんだろうが。」 「・・・・・・。」 「ほんっとに、おめーは・・・。」 言いかけて、皆がわらわらと駆けつける。 「大丈夫? あかねちゃん。」 「・・・うん。」 「火傷の薬、持ってくるわね。」 「いや、病院に連れて行く。」 「え! だ、大丈夫よ。そんなたいした火傷じゃないし。冷やして 薬塗ったら、すぐ治る。」 いうことは聞かず、おれはあかねを抱えあげた。 「ちょっくら、行ってくるから。」 そういい残し、家を出た。 軽い火傷だと言われ、手当てを受けたあかねを、再度、抱きかかえ家路に着く。 「先生、あきれてたよ。」 「え?」 「この程度のことで、病院にかかるなんて・・・。」 「そんなこと言ってて、跡でも残ったらどうすんだ。」 あの程度のことで火傷の跡が残るはずもないことくらい、わかってるけど。 「・・・・・・。」 「・・・あかね?」 「・・・せっかくの誕生日なのに、わたしのせいでごめんなさい。」 「はぁ?」 「わたしが、もう少し、落ち着いて行動できてたら、こんなことにはならなかったし、 せっかく、皆でお祝いしてたのに、水差しちゃった。」 「・・・くだらねぇな。」 「え。」 あかねを抱く腕に力を込める。 「・・・・・・。」 本当は かっこいいこと、言いたかったけど、やっぱりこうすることしか出来なかった。 「・・・これからは、気をつけろよ。」 「うん。」 首に回されていた手が背中をしっかりと掴む。 そのまま、あかねはおれの胸に顔を埋めた。 「・・・重くない?」 「軽くはないな。」 「・・・やっぱり、降ろして。」 「けど、離したくない。」 夜の闇に染まる道で、そうはっきり、口にした。 =おしまい= 呟 言 ・・・・・・訳がわからん。と、自分で思うくらいなので、 相当大変なことになってるかと思います・・・だから、先に謝っとこう・・・ごめんなさい。 本当に一年後に、乱馬くんの誕生日を書いたりして(苦笑) というか・・・ここ最近、どうも乱馬くんが強すぎる傾向が。 いや、これが本質なのかな。 そんなわけで、最後でも謝っとこう・・・相変わらずへんてこな話ですみません。 ひょう