そばにいて 第1章 乱馬はいつものように城下町へ買い物に出ていた。 母が亡くなってもう半年が経つが、父である王、玄馬がすっかり元気を無くしてしまい、 王妃を思い出すからと、親友である大臣、早雲以外すべての従者に暇を与えてしまった。 そのせいで乱馬が食事の世話やらをしなくてはならず、こうして町へ来ているのだった。 「ったく親父のやついい加減、メイド雇えっての。 おふくろ死んでからずっとおれが食事当番で買出し係だもんな、めんどくせえ。 王子がこんなんでいいのかよ。」 乱馬はぶつくさいいながら買い物を済ませて城へと戻る。 城の入り口に誰か倒れているのが見えた。 「ん?」 乱馬は慌てて駆け寄る。 「お、おい、大丈夫か?」 抱き寄せると、女の子だった。歳は同じくらいに見える。 口元を見ると息はしていた。 「気を失ってるだけみたいだな。」 乱馬は少しほっとして、彼女を眺める。 「あ・・・れ?すごく、かわいい・・・・・・。」 乱馬は瞳を奪われた。 王子という立場上、言い寄ってくる異性がいないわけではなかった。 事実、凛としていて、気持ちの真っ直ぐな乱馬はかなりもてている。 しかも、それなりの容姿の持ち主たちが周りにはたえずいた。 それでも、これまで自分から気持ちが動くことなど一度もなく、 自分は一目ぼれなどしない、こころで選ぶと自負していた。 なのに、この少女を見て、気持ちが揺らぐ。 説明しようのない不思議な、それでいて熱い気持ち・・・ 乱馬が少女を見つめていると、急に少女が瞳を開けた。 「行かないで・・・。」 少女は乱馬にしがみつく。 「えっ!」 乱馬は躊躇しながらも少女の背中に腕を回した。 「行かないで・・・わたしを・・・ヨリト・・・・・・。」 そういうと少女は再び瞳を閉じた。 「・・・ヨリト? 男の名前? だよな、こんなかわいい子。」 乱馬は少しがっかりしながらも、少女を抱きかかえると、城内へと歩き出した。 「ん?」 少女の胸元に紅く輝く高価そうなペンダントがかかっていて、 歩く振動で裏返り、そこに何か文字のようなものが刻まれているのが見える。 「・・・あ・か・ね・・・。」 どうやら少女の名前らしい。 「あかね か・・・。」 乱馬はそう呟くと少女を自分の部屋のベッドに寝かせた。 翌朝、乱馬は広間のソファで目が覚めた。 「ふわぁ〜、ん? 何でおれこんな所で寝てんだ?」 乱馬は昨日のことを思い出す。 そろそろ、あの少女も目を覚ます頃かもしれない。 乱馬はあわてて起き上がると、自分の部屋へと急いだ。 「お、起きてるか?」 一応声をかけて中へと入る。 そこにはベッドに腰掛けて空を見上げる少女がいた。 「あ、目、覚めた?」 乱馬は少し離れたところから話し掛けた。 「・・・あ、あの。」 少女は乱馬に気が付き、恐る恐る乱馬の方へ近づく。 「わ、わたし、あの。」 「昨日の夕方、城の前に倒れていたから、ここに連れてきたんだ。」 「そうでしたか、ありがとうございます。」 「何処から来たんだ?」 「・・・わかりません。」 「はぁ?」 「・・・思い出せないんです、わたし、どうしてここにいるのでしょうか?」 「記憶がない?」 乱馬は自分だけでは解決できそうもなかったので、父と大臣のもとへ少女を連れてきた。 「はい、わたしの名前はあかねと申します。それしか思い出せないのです。」 「う〜ん、それは困ったねぇ。」 王と大臣はあかねと名のるその少女をまじまじと眺める。 「気がつけば、こちらの乱馬王子様に助けていただいて・・・」 あかねはそういうと乱馬を見つめる。 乱馬はあかねと目が合いそうになり、慌ててそらした。 その様子を見逃さなかった父は、あかねに優しく微笑むと一つ提案をする。 「ちょうどメイドを探していてね、あかねちゃんがいいのなら、 記憶が戻るまでこの城で働いてはもらえないかな?」 「わたしをここに置いていただいていいのですか?」 「全然構わないよ、ね、大臣。」 「うん、全く問題ないよ。」 「ありがとうございます、一生懸命頑張ります。」 「乱馬、王妃の部屋をあかねちゃんに使わせてあげなさい。着替えもな。」 「へっ!? あ、ああ。」 乱馬はあかねを連れて王座の間を後にした。 「あかねは相当高価なものを身に付けているようだよ。 相当身分が高いと思うけど、素性、調べようか?」 「うん、どこぞのお嬢さんで今頃家族が心配してるかもしれないもんね。」 「にしたって、亡き王妃の部屋を使わせるなんて・・・」 「・・・いや、わしの目に狂いがなければ、あかねちゃんは、乱馬の・・・。」 乱馬は何も言わずただ歩く。 その後ろをあかねはついていく。 あかねは乱馬が怒っているように見えて不安になり、口を開いた。 「あ、あの、乱馬王子様。」 「その呼び方やめろよな、乱馬でいいよ。」 「で、でも、失礼ですし、」 「この城にはこの城のルールがあるんだ。他人行儀な話し方も、 人を王子だの様だのつけて呼ぶほうが失礼にあたることもあるんだよ。」 「はい・・・。」 「わかったんなら、敬語、使うなよ。おれ、そういうの嫌いだから。」 「はい・・・。」 乱馬はあかねに背中を向けたまま、淡々と言葉を続ける。 「で?」 「はい?」 「何か話しがあったんだろ?」 「あ、あの、このお城について聞きたいの・・・。」 あかねは、 ですが という言葉を飲み込んだ。 「ここは、おれと親父と早雲、3人で暮らしてる。」 「3人で?」 「ああ、半年前におふくろが他界して、親父がふさぎこんでな。 従者たち すべて暇を出したんだ。ま、男3人、別に困るこたぁねーけどな。」 「そうなの・・・。」 乱馬は一つの部屋の前に立った。 「ここが今日からおめーが使う部屋だ。元はおふくろの部屋なんだけどな。」 「えっ?」 「親父が使っていいって言ってっから勝手に使いな。」 「ありがと。」 ふたりは部屋へ入る。 「メイドの服に着替えたら、今来た道引き返して広間に来い。」 「わ、わかった。」 「早くしろよ。」 「あ、あの、」 「何だ、まだ他になんかあんのかよ?」 乱馬は少し面倒くさそうにあかねの方を向いた。 「やっと、見てくれた。」 「はぁ?」 「わたしのこと、嫌い?」 「何言ってんだ、おめー。」 「目を見て話してくれないから、乱馬はわたしのこと、嫌いなのかなって。」 乱馬はあかねの瞳を見つめる。 真剣な瞳があかねを映した、ほんの一瞬だけ。 「これでいいのかよ、大体素性もわからねー女、好きとか、嫌いとか思うかよ。 ま、しいて言うなら・・・。」 そう言って乱馬は冷やかな瞳であかねを見る。 「おめーの顔、あんま、見たくねーな。」 「・・・・・・。」 あかねの表情は瞬時に曇り、うつむいて・・・言葉をなくしてしまった様子。 「着替えたら、広間だからな。」 乱馬は吐き捨てるようにそういうと、部屋を出て行った。 傷つけたよな、おれ。でも、あいつには男がいるんだから、おれは・・・。 あかねは1人、部屋で着替える。 乱馬はわたしのことが嫌い・・・顔を見るのもいやなくらい・・・。 でも、わたしは思い出せない、どこで暮らしていたのかもわからない。 ここに置いてもらわなければ、乱馬に少しでも好かれなければ・・・。 広間に乱馬は待っていた。 あかねはメイドの服を着て乱馬の前に現れる。 たとえ安価なものを身にまとっていても消えることのない気品。 動きやすく作られた服から見える白く細い腕・・・。 乱馬はあかねを見ないようにと心掛けるが、その美しさに見とれてしまう。 あかねはスカートの裾を少し気にしていた。 「わたし、背が低いから、スカートが長すぎっちゃって。」 照れて微笑むその表情に乱馬は固まる。 だ、だめだ、そんな顔でこっち見るな。 「乱馬?」 名前を呼ばれてはっと気が付いた乱馬は、動揺する心を抑える。 「城下町に、買い物に行くからついてこい。」 なるだけ低い声を出し平静を装った乱馬。 それがあかねを更に怯えさせることも知らずに。 あんなふうに言われたのに、話し掛けたから怒ってるんだ。 あかねは何も言えず、後ろを歩く。 「明日からは、ひとりで行けよ。道、ちゃんと覚えとけ。」 「はい・・・。」 あかねは服の裾をつかみ、乱馬の後を歩いた。 買い物を済ませ、荷物を抱えたふたりは 城へ戻っていく。 乱馬はさっさと歩いて行くが、あかねは慣れない服と、重い荷物のせいで思うように歩けない。 よたよたと一歩一歩、鈍い歩みを進めていると、急に腕の重みがなくなった。 顔をあげると、乱馬があかねの分の荷物を軽々と抱えている。 「あ、あの。」 「ったく、しゃーねーなぁ。もっちっと力つけろよ。」 「ありがとう。」 あかねはうつむきがちに乱馬にお礼を言う。 乱馬は再びあかねに背を向けると、何も言わずに歩き出した。 買い物、一緒に行かないとな・・・。 乱馬はあかねにそう言いたかったが、言えなかった。 勝手口から中へ入ると台所。 「おめー、料理・・・できるわけねーな。ま、いいや、おれの見て覚えろ。」 「わかった。」 乱馬は手馴れた手つきで調理に入る。 あかねは乱馬を真剣な眼差しで見つめる。 乱馬は、あかねの視線を感じずにはいられなかった。 「つっ!」 乱馬の指から赤い血が流れる。 あかねの視線が気になり、つい、よそ見をしてしまった乱馬は不覚にも指を少し切ってしまった。 「ら、乱馬!?」 あかねが慌てて駆け寄る。 「だ、大丈夫だ、こんなの。かすり傷。」 あかねは乱馬の傷ついた指を口にくわえた。 「あっ。」 乱馬は身体が硬直し、赤面してしまう。 あかねに触れられた指がまるで心臓のようにドキドキしているのがわかる。 「救急箱はどこにあるの?乱馬?」 あかねは傷から口を離すと、話しかける。 「た、たしか、そこの棚の中に。」 乱馬は怪我をしていない手を伸ばすと棚を開け、箱を取り出す。 あかねは包帯をつかみ、乱馬の指に巻きつけた。 「後は、わたしがやるから、乱馬はそっちで休んでて。」 そう言うと、あかねは包丁を握り、調理を始めた。 「美味い!!」 「美味いよ、あかねちゃん。」 玄馬と早雲はあかねが作った料理に舌鼓を打つ。 「本当ですか?嬉しい。これからも頑張ります!」 あかねは嬉しそうに微笑む。 その後、乱馬たちは残らず料理をたいらげた。 乱馬はあかねが急に調理しだしたことを不思議に思う。 いきなりなのにできてたもんな・・・盛り付けはおおざっぱだったけど、 美味しかったし、過去となんか関係あんのかもな。 あかねが後片付けをしている後ろで、乱馬はあかねに手当てされた指を眺めながら ぼんやりそんなことを考えていた。 =つづく= 呟 事 長編。気がついたら制作に1週間を要していた問題作品。 私、何がしたかったのと、出来上がってみて少し悩む。 大体メモ帳使って作っていたら、メモリが足りませんと言われてしまう。 どんな長編・・・とんだ長編。でも苦労してるからのっけちゃえ〜(爆) 読む方いらしたら根性あります!大概の事は我慢できますね! ひょう