そばにいて  第2章





 翌朝、いつものように起きてきた乱馬。
朝ごはんはできていた。

「あ、そっか。」

 あかねがいたんだった。
なんかこういうのもいいよなと、つい甘い想像をしてしまう。

「に、しても、あかねはどこにいったんだ?」

 台所にあかねの姿はなく、乱馬は少し心配になった。

「また、どっかで倒れてんじゃねーだろーな。」

 そう口に出すと余計不安になってしまった。
勝手口から外に出るときょろきょろと辺りを見渡す。

 井戸の側にあかねはいた。

「よいしょっと。」

 あかねは井戸から水を汲み上げて大きめのバケツに水を移す。
しかしそのバケツは重くあかねは引きずる様にバケツを運ぶ。
そんなことをしているもんだからいつまで経っても終わらない。
足元がおぼつかず、のろのろと前に進んでいたあかねは、スカートの裾を踏み、倒れかかった。

「きゃあっ。」

 乱馬はほとんど無意識にあかねに駆け寄り、身体を支えた。
腕にあかねの感触を感じると、そのまま固まる。
頭から水を浴びた乱馬は・・・

「あ、ら、乱馬?」

 あかねが自分で地面に立ち、乱馬の腕から離れると、驚いた表情で乱馬を見る。


 女の姿に変わっていた。

「・・・おかしいだろ。」

 今まで変化する身体を見せると、言い寄ってきていた女たちは態度を急変させ、
変態だの、気味が悪いだの散々な言葉を言い放ち、去って行った。
そうやって、わざと女たちを追っ払ってきてはいたのだが、あかねにだけは正直見られたくなかった。
他の女たちとは違う、あかねには・・・

「どうして?」
「えっ?」

 意外な返事にらんまは驚く。

「い、いや、だって、水をかぶると女の姿になるんだぜ?」
「うん。」
「気持ち悪くねーか?」
「ううん。」
「絶対おかしいよ、こんな身体。」
「そんなことないよ、こんなにきれいな人になるのに。」
「へ!?」

 きれい?おれが? そんなこと言われたのは初めてだった。
隠してきたコンプレックスはあっさりと認められてしまう。

「おめー、変わってんな。」
「え・・・そうかな?」
「おめーみてーな女、はじめてだ。」

 らんまの声が知らず知らず弾む。

「どうしたら、元の姿に戻るの?」
「水あびたのと同じように、お湯あびたら元の姿に戻るんだ。」
「そっか、じゃあお風呂、沸かすね。」

 薪を取りにいこうとするあかねを、慌ててらんまは呼び止めた。

「ちょっと待て、おめー、ずぶ濡れだろ。」

 見るとあかねも頭から水を浴び、服はびしょびしょだった。

「あ、本当だ。でも平気、平気。」
「馬鹿っ、風邪ひかれたらこっちが困るんだよ、料理もまたおれがしないといけなくなるし、
 そのうえおめーの看病までできねーよ。」

 本当は心配なのに、こころとは別の言葉が出てきてしまう。

「ご、ごめんなさい。」

 あかねはびくっと身体を強張らせると、慌てて部屋へ向かった。

「き、着替えてくるね。」

 らんまの横を通り過ぎ駆けて行く。

 せっかくいい雰囲気だったのに・・・おれって、おれってっ・・・

 らんまは自分の口の悪さを今日ほど後悔した日はなかった。





「乱馬、今夜は良牙くん所の城で舞踏会だったな、結婚が決まったとか言ってたが。」
「あ゛〜〜〜! すっかり忘れてた。そうだったっけ?」
「相変わらずだね。」

 早雲は呆れている。

「ほらね、やっぱり忘れてた。話しふってよかったろ?」
「う〜ん、さすがは王。」

 三人のやり取りを見て、あかねはくすくすと笑っている。

「確か、ペアでの出席だったな。」
「良牙、そういうの好きだよなー、人が女いねーの知ってて、わざとそういうのやんだから。
 しゃーねー、大臣、いつもの女装でまた頼むぜ。」
「いやいや、今回は正真正銘の女の子がいるじゃないか。」

 そう言って玄馬はあかねを乱馬の隣に立たせる。

「な、なんでおれがこいつと舞踏会にっ!」
「目の前にかわいらしい女の子がいるんだ、当然だろう。」
「私も恥ずかしくてもう行きたくないからね。」
「だ、だからってなっ。」
「あかねちゃんはいいかい? 乱馬と舞踏会、行ってくれるよね?」
「わたしが、乱馬と?」
「うん、ぜひ一緒に行ってやってよ。
 この通り奥手で今まで女の子と一緒に舞踏会行ったことないんだ。ね?」
「乱馬が嫌じゃないなら・・・。」
「そうか、そうか、じゃあ決まり。ふたりで仲良く行っておいで。あ、あかねちゃん、
 ドレスはたくさんあるからね、好きなの選んでいいよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「ちょ、ちょっと?」
「私が着ていたドレス、結構かわいいんだよ、あかねにも似合うと思うんだ。」
「えー、どんなのだろー?」

 あかねは早雲に連れられて衣裳部屋に行ってしまった。

「おい、何だよ、おれがいつ、嫌じゃないって言ったんだよ、勝手に決めんな。」
「大臣の方がいいのか?」
「そ、それは・・・。」
「いや、ひょっとするとな、あかねちゃんの素性が解るんじゃないかと思ったんだよ。」
「あいつの?」
「うむ、あかねちゃん、品があるだろ?ここに来た時の服とかアクセサリーとか
 かなり高価な物だったみたいだし、たぶん舞踏会とかにいけば、
 あかねちゃんを知ってる人がくるんじゃないかと思ったんだよ。」
「そっか、そういうことならしゃーねー、一緒に行ってやっか。」

 素直じゃないな・・・ったく誰に似たんだか・・・玄馬は王妃の肖像画を見ながらそう思った。


「着替えたかー?」

 乱馬は衣裳部屋の前にいた。
あかねが中に入って十分ほどが経過していた。
玄馬と早雲は、急きょ馬車と御者を用意する。
今までは乱馬と早雲、それぞれが馬に乗り、目的地まで行っていたが、
やはり女の子と初めて行く舞踏会。
少しくらいはムードも大切と気を利かせてくれているのだ。

「・・・大臣って、こんなの着てたんですか?」

 そういいながら出てきたあかねの服装は、胸が大きく開いた真っ赤なカクテルドレス。
早雲は胸に詰め物をしていたから、全く感じられなかったいやらしさが、
(・・・第一おっさんやし、そんなもの感じた方が気味悪い)
あかねが着ることにより、惹きだされていた。
やけにリアルに感じられる胸の谷間・・・。

 こんなもの着てついてこられたら・・・。
 
 乱馬は慌てた。

「だめだっ、そんなの、そんなの駄目っ!もっとこう、胸の出てないやつにしろ!!」
「は、はいっ、着替えてくる。」

 あかねは急いで中へと戻る。

「ったくー・・・。」
「あのドレスって・・・あんなになってたんだね。」
「知らなかったね、もう着れないよー。」
「っていうか、もう着るなよ。」
「・・・それは、これから先あかねちゃんとペアで、舞踏会行くってことかい?」
「!! だ、誰もそんなこと、言ってねーだろ!」

 乱馬は赤面し動揺する。

「しっかし、わかりやすい性格だね。」
「本当、気が付かないのは当事者ばかりか。」

 玄馬と早雲はひそひそ話す。

 乱馬はさっきのあかねの姿を思い出す。

 あかねって、あんなに胸があったのか・・・
 あかねって、あんなに色が白かったのか・・・
 あかねって、あんなに・・・・・・

「あ、あのー。」

 あかねが遠慮がちに少しドアから顔を出す。
乱馬はその声にはっとし、我にかえった。

「そんなとこで、何やってんだよ、早く来い。」
「ら、乱馬の格好に合わせたら、これがいいんじゃないのかなって・・・。」

 そういって姿を現す。

 淡いピンクのチャイナドレスだった。
刺繍の凝った黒いチャイナ服を着ている乱馬と並ぶと、本当にお似合いのカップルに見える。

「ちょこっと、横のスリットが深めに入ってるの。」

 そう言って乱馬に見せる。
ひざよりも上、太もものちょうど中ほどまで見えた。

 乱馬はまた動揺してしまう。

 だけど、さっきのより全然いいし、
第一、おれの格好と合わせてくれたあかねに、嬉しさを感じていたのも事実。

「ま、そのくれーならいいんじゃねーか、誰もおめーなんか見ねーし。」
「似合ってないかな?」

 あかねは少し不安そうに乱馬を見る。

 似合っていないはずがない。
まるであかねの為にあつらえたかのように、丈もサイズもピッタリだ。
スリットは程よく色っぽいし・・・
口に出せない乱馬は、結局ぷいっと目をそらし、城門の方へ歩みだす。

「ま、待ってよ、乱馬。」

 あかねは慌てて乱馬の後をついていく。


 乱馬はあかねと歩きながら考える。

 このままあかねの記憶が戻らなかったら? このまま一緒に暮らしだしたら?
口にした男のことを思い出さなければ、ひょっとしたら自分のことを・・・
おれにもチャンスはあるかもしれない・・・。

 そう思っては首を振る。

 それはあかねの幸せではない。
今、一時の感情で自分を慕ってくれてはいるが、それは記憶がないから。
記憶のない不安からおれを頼ってくれているだけ。
あかねの記憶が戻ったとき、本当の笑顔が戻るんだ。

 ふたりは無言のまま馬車に乗り込み、良牙王子の城へ向かって出発した。

「あ、あの・・・。」
「・・・・・・。」

 あかねは乱馬に話しかけるも、一点を見つめ、黙り込んでいる。
あかねの瞳には自分に対する拒絶だと映る。

 何にも話してくれない・・・やっぱりこのドレス似合ってないかな・・・。

 狭い馬車の中で並んで座ったふたり。
距離が近い分、沈黙がいつもより辛い。

 結局、言葉をひとことも交わさぬまま、城に着いた。



 乱馬たちは馬車を降りると会場に向かった。
すでに賑っている会場では、人々が良牙王子を祝福していた。


 乱馬はあかねをエスコートしながら良牙の元へやって来た。

「おぉ、乱馬。来てくれたんだな。」
「よ、久しぶりだな、良牙。結婚おめでとう。」
「へへっ、あ、俺の、ふぃ、フィアンセのあかりちゃん。」
「へぇ、うわさの彼女かー、お似合いじゃん。」
「かっ、彼女かー」

 良牙は、彼女という言葉に感動し、その上涙まで流している。
その様子を微笑ましげに眺めながら、あかりは口を開いた。

「はじめまして、あかりと申します。どうぞ仲良くして下さい。」
「あ、おれ、乱馬。良牙とは昔っからの友達で、こんなやつだけどよろしく頼むよ。」
「はい。」
「何だよ、乱馬偉そうに!」
「いや、まあ、ほら、友達だからな。」
「で、今日も大臣が女装か? どうしてもアレ見たくってさー、
 乱馬の招待状だけペアで出席ってことにしてたんだ。」
「実は、私も見たくって。」
「あ、いや、その・・・今日は・・・。」

 そうして自分の後ろに立たせていたあかねを、良牙たちの前に引っ張りだす。

「ほら、挨拶。」
「は、はじめまして、あかねと申します。」

 良牙は目が点になる。

「乱馬〜!きさま、いつの間にこんな美人と知り合ったんだー!」
「そっっ、そんなんじゃねー!!」
「じゃあ一体何なんだよ、俺に隠し事なんてなぁ・・・。」
「あーもう、うっせーな、説明してやっから黙って聞きやがれ・・・
 おい、おめーはここにいろよ、おめーがいっとややこしいから。」

 乱馬は良牙たちを引き連れて向こうの方へ行ってしまった。
あかねはたったひとり、その場に残される。

 疎外感が襲う。

「わたし、邪魔なんだ。だったら連れてこなきゃいいのに・・・他の女の人誘えばいいのに・・・。」

 あかねは泣きそうな気持ちになりながら、ひとり小さく呟いた。







                                  =つづく=


呟 事

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そういうことで、お気に召すまま。as you like精神。 ひょう