そばにいて 第3章 遠くから乱馬とあかねの様子を鋭い視線が見ていた。 視線の主たちはあかねに近づく。 「あなた、乱馬王子様と一緒にいるみたいだけど、どういったご関係なわけ?」 「え?」 あかねが視線を移すと、そこにはきらびやかに着飾った女たちが立っていた。 傍から見れば、ただけばけばしいだけの女たちだが、 自分の容姿に劣等感を持つあかねには眩しく映る。 戸惑うあかねに女たちはひそひそと言葉を交わす。 「ちょっと、私より美人!」 「なんなわけ?乱馬王子のまさか恋人なんじゃ。」 「きぃ〜、絶対許さないー!」 女たちの嫉妬があかねに激しく辛くあたる。 「乱馬王子様と、どういう関係なのって聞いているのよ!」 「あ、あの、一緒に舞踏会に来ていて、ペアで出席ということだったので・・・。」 「いっつもあのおっさんでしょ!」 「そうそう、ひげ生やして女装してるおやじよねぇ。」 「今回はわたしが代わりに・・・。」 「あなた、見ない顔よねぇ? どうやって乱馬王子様に取り入ったのよ?」 「え、そんな、取り入るなんて、わたしはただのメイドで・・・。」 あかねの発した一言に女たちは優越感を露わにする。 「メイドですって〜!!」 「まぁ、なんて女なの、メイドふぜいが私たちと一緒の場所にいるなんて!」 「汚らわしい、乱馬王子様ったらこんな女に騙されて。」 「メイドならメイドらしく働いていなさいよ。」 そういって一人の女があかねの顔にワインを浴びせる。 「メイドのくせに、派手なドレス着んじゃないわよ。」 女たちは散々あかねを罵り、嘲りその場を立ち去った。 あかねはいたたまれない気持ちになる。 このまま濡れた顔を乱馬に見られることを恐れ、慌てて暗いベランダにその身を隠す。 「わたし、乱馬には似合わないよね、綺麗じゃないし、メイドだもん・・・。」 無意識に自分の名の刻まれてある紅いペンダントをその手に握りしめた。 その瞬間、あかねの脳裏を失われていた記憶が巡る。 「僕はあかね王女のこと、好きですよ。」 「ヨリト、わ、わたしも・・・。」 ヨリト・・・政略結婚の相手。国の決めた結婚相手。 わたしひとりの犠牲で国が救われるのなら・・・無理につくった気持ち。 本当は好きではないのに、愛情なんてこれっぽっちもなかったのに・・・。 すべては多くの民のため。すべては自分の国のため。 そうは思うがこころは簡単なものではない。 自分の気持ちを偽りながら暮らしていくことに嫌気がさしていた。 そんな時だった。 「どうしてあんたがヨリトと結婚するのよ!私とヨリトは愛し合っているのに! 王女ってだけでっ!!」 ヨリトの恋人から浴びせられる罵声。彼女の手にはワイングラス。 顔にワインをかけられる。 「あんたなんか、あんたなんか、どっかいっちゃえ!!ヨリトはあんたのことなんか 愛してなんかいないんだからね!!」 次の日にはヨリトと彼女が目の前でキスしていた。 ヨリトから発せられるひどい言葉。 「あかねはただの金づるなんだ、あいつと結婚すれば両国は安泰。結婚は形だけ。 愛しているのは、お前だけだよ。」 「嬉しい、ヨリト。」 「あかねと結婚したらちゃんとおまえを寵姫として迎えるさ。 そして、おまえに同等の身分を与えて、あかねは一生籠の中の鳥。ただ、そこにいるだけだ。」 そして触れ合う唇・・・。 あかねはわざと物音をたてた。 ガタンッ 「!!」 ヨリトと恋人は驚く。視線の先にあかねが無表情で立っていた。 「あ、あかね王女、こ、これは・・・」 正直 裏切られてほっとした。 だけど、国の先行きを考えるといてもたってもいられなかった。 そのままあかねは国を飛び出し、蒸発した。 どこをどう歩いてきたのかはわからなかった。 気がつくと見知らぬ城のベッドで眠っていた。 そして繋がる記憶。 「国は、民はどうなったかしら・・・ヨリトは?あの子は?・・・わたし、どうしたら・・・。」 あかねは夜の闇に包まれた空を見上げる。澄みきった空に星たちが輝く。 このまま記憶が戻らないふりを続けたら? 乱馬の元で暮らせたら・・・。 わたし、乱馬と一緒にいたい。 涙が溢れた。 ううん、駄目。乱馬はわたしが嫌いだもの、一緒にいたらもっともっと嫌われて、 それでお城に置いてもらえなくなる・・・。 そこまで考えて、はっとする。 そうだった、乱馬にここにいろと言われていたのに。 また怒らせてしまう、早く元いたところへ戻らなければ。 そう思い、あかねは場内への入り口のほうへ向かった。 「しっかし、乱馬、うまくやったよな。」 「あ゛〜、もう、おまえ何聞いてんだよ、何回も言ってっだろ!あかねには男がいるの!」 「奪えばいいだろ? 本当、乱馬は奥手だよな。」 「記憶がないのでしたら、チャンスではないのですか?」 「あ、あかりちゃんまで・・・。」 「ねー。」 良牙とあかりの仲の良い様子を見ていると、やっぱり羨ましいなと思う。 おれだって、何回そう思っただろう、今まで女なんかうざったい・・・そう思っていた。 だけど、あかねは・・・あかねだけは違った。 「あれ?ったくここにいろって言ってたのに、あかねはどこ行ったんだ?」 「じゃ、仲良くやれよ。」 「・・・おまえら、幸せにな。」 そうして乱馬は良牙たちと離れた。 「乱馬王子様〜。」 「ん?」 乱馬が名を呼ばれ振り返ると、そこには乱馬の苦手な女たちがいた。 「まぁ、来ていらしたのですね。」 「わたくしとダンスを踊っていただけるかしら?」 「いえいえ、私と踊ってくださいませ。」 「わたくしよ!」 「いーえ、私よ!」 「何を言うの、私が先よ!」 女たちは乱馬の腕を引っ張り、自分へ自分へとまとわりつく。 「確か、こっちだったわよね。」 タイミング悪くあかねが乱馬の姿が見える場所までやってきた。 「あ、乱馬がいる・・・ん?」 女たちに囲まれた乱馬・・・腕を組み親しげな様子。 あかねには乱馬が楽しそうにしているように見えた。 くるっと身体を反転させると、再びベランダに向かう。 「わたしは、ここにいたほうが・・・。」 震える声は涙声に変わる。 「どうして?どうしてわたしを連れてきたの?・・・そんなに、わたしのこと、嫌い?」 誰もいないベランダでひとり、あかねは顔を覆い泣いた。 「だ〜!もう、うぜーな、てめぇら、どけっ!」 乱馬は無理矢理女たちの腕を振り払う。 しかし女たちもなかなかしぶとい。 「乱馬王子様〜。」 「待って下さいませ。」 「・・・・・・。」 乱馬はテーブルから水の入ったボールを手に取ると、頭からかぶった。 「本当は、女の子なの。」 わざと女らしい口調を使う。 女たちの顔色がみるみる変わっていった。 「きゃぁぁぁー。」 「へ、変態よ、変態!!」 「いやぁー。」 女たちはらんまの元をあっという間もなく離れた。 「・・・・・・。」 やっぱりこれが普通の反応だよな。 らんまは確信する。 「あ、あかね探してるんだった。」 あかねにここにいろと言った場所に戻るが、あかねの姿はなかった。 「何処行ったんだ?」 お湯をもらい、男の姿に戻った乱馬はあかねを探し回る。 「ん?」 薄暗いベランダに淡いピンク色のドレスの裾がひらひらしているのが見えた。 乱馬は黙ってそこに近づく。 あかねはいた。 膝を抱えて座り込んで・・・。 「おい、おめーここで何やってんだ?」 突然話し掛けられてあかねは驚く。 そのままで上を見上げる。 顔を上げたあかねに乱馬は安心した。 が、その顔は涙に濡れていた。 「お、おめー、泣いて?」 「な、何でもない。」 慌てた様子で涙を拭う。 「これから広間でダンスがあるから、おれと。」 「わたしはここにいるから、大丈夫。終わるまで、ここで待ってる。」 「おれと一緒に来い。」 「どうして?」 「ダンスしなきゃいけねーからだろ。」 「わたしじゃなくったっていいじゃない。綺麗な女の人たくさん、いるから。 わたしみたいなメイドと踊る必要なんかない。」 乱馬の表情が厳しくなる。 あかねの腕を強引に引っ張り身体を立たせる。 「これは命令だ。おれと一緒に踊るんだ。」 「・・・・・・。」 あかねは俯いたまま乱馬の腕に引かれて広間に向かった。 乱馬とあかねは身体を寄せ合い、ワルツを踊る。 最初はぎこちなかったが、何曲か踊るうちに、ふたりの息はぴったりと合っていた。 どきどきしてるの・・・ばれませんように・・・。 乱馬はあかねの身体の暖かさを感じながら、自分の方へ引き寄せる。 あかねは乱馬のリードにその身を任せ、軽やかにステップを踏んだ。 ダンスが終わり、散り散りになる人ごみの中で、乱馬はあかねを離せずにいた。 あかねが乱馬に腕を回し、その胸で泣いていたから。 「お、おい、」 「・・・ごめん。す・・・少しで、いいから・・・。」 「・・・疲れたんだろ? もう、帰ろう。」 乱馬はあかねの肩を抱き、出口の方へ向かうことにする。 ふいに、背の高い女の人が乱馬たちの所へ近づいてきた。 「失礼かとは存じますが・・・あかね様では?」 「え? こいつを知っているのか?」 「ということは、あかね様なのですね?」 「・・・・・・。」 あかねは俯いたまま。 「こいつ、記憶がなくて名前しか覚えていないんだ。」 乱馬が代わりに説明する。 「えぇ!」 「それで、今 おれの城にいるんだが。」 「おぉ、そうでしたか。よかった、ちゃんとした所で暮らしておいでになったのですね。」 女の人は安心した様子でそういうと、あかねを見る。 あかねは虚ろな表情で話を聞いていた。 「とにかく、親父たちにも話さないといけないから、一緒に城に。」 「えぇ、あかね様のことをお話しさせて頂きます。」 帰り道の馬車の中。 あかねを知っているという女の人の馬車は後ろからついてきていた。 あかねは・・・乱馬に肩を抱かれたままだった。 「おい、大丈夫か?気分悪いんじゃねーのか?」 乱馬があかねの顔を覗き込もうとしたとき、あかねがしがみついてきた。 「ちょ、ちょっと?」 乱馬の声が上擦る。 「乱馬・・・わたし・・・。」 あかねは、また、泣いていた。 「おめー、さっきから泣いてばっかだな。どうしたんだよ?」 「・・・・・・。」 「何か言わねぇと、わかんねぇよ。」 あかねが乱馬の顔を見上げる。 大きな瞳が潤み、その瞳を閉じる度に大粒の滴が零れ落ちた。 か、かわいい・・・。 あかねが悲しんで泣いているのに、乱馬はあかねに申し訳なかった。 だけど、涙ぐむあかねは・・・乱馬はあかねを優しく抱きしめた。 「いいよ、無理に話さなくっても。」 優しい言葉をかけていた。 今まで片意地張ってた自分。 他の男がいたっていい、おれはあかねが・・・。 =つづく= 呟 事 もううんざり。 >>>もどる まだいける。 >>>最終章へ まだいけるかた、すでにひょうの世界におちてます(笑) ひょう