幸せをおもうがゆえ  前 編





「ね、乱馬。大きくなったら、わたしと結婚してね。」
「あぁ。約束する。おれがあかねを幸せにする。」
「嬉しい。」

 十三歳のときに交わした約束。
あかねは覚えているのだろうか?
あれから五年の歳月が流れ、ただ純真に好きという気持ちが愛しているという情動へと変わっていた。

 だけど・・・。


「乱馬。」
「ん?」

 隣にいるあかね。
あかねを守ることが自分の生きていく道だとずっと思っていた。
それが仕事だったと知ったのはつい最近。
それくらい自然にあかねの護衛をしていた。
歳を重ねるごとにどんどん容姿は美しくなり、だけど全然飾らず・・・
皆の愛を一身に受けて育ってきた。

 あかねは王女様だった。

「どうかしたの? さっきから何か考え込んでるみたい。」
「いや、何でもない・・・何でもないんだ。」
「そう? ならいいけど。」

 あかねはきらきらと瞳を輝かせながらそこかしこを見る。
何かおもしろいことを探している・・・無邪気な子供みたいな瞳。

「この場所ってわたし、好きだな。」
「だろ。」
「うん、すごく落ち着く。」

 とっておきの場所。
あかねにだけ教えた、自分だけの秘密の場所。


 昔からずっと一緒にいてそれが当たり前だと思っていた。
これからもずっと一緒に生きていける・・・そう思っていた。
でも・・・・・・。


「明日のパーティであかね王女の婚約を発表する。」

 衝撃だった。

 だけど、少しはそういう予感もあった。
あかねと同じくらいの歳の王女や王子が結婚するからとパーティを開いていたし。
だけど、心のどこかであかねは、あかねだけは・・・そう思っていた。
自分だけのあかねでいてくれるのではないかと、そう思っていたかったんだ。

「あかね王女にはまだ伝えてはならん、伝えればぐずるからという王からの伝言だ。」

 それは望まぬ結婚という意味なのか?
あかねが知れば悲しむと、そういうことなのか?
だけど自分はただの従者。
昔からこの城の衛兵として仕えていた家系に生を受け、あかねの近衛兵を任されているというだけ。
歳が近かったからと幼い頃から一緒にいただけ。
そんな自分に何が出来る?
第一にあかねの気持ちは?
あかねが自分などにこころを動かすはずはない。
ただ勝手に慕い思いあぐねているだけなのだ。
あかねのことを、とやかく言う資格などない。
ただあかねを愛しているだけなのだから・・・。


「今日のパーティ、何となく気分がのらないの。」

 しまった・・・ひょっとしてあかねにこころ、読まれた?

「どうして?」

 なるだけ平静を装う。

「うん、何かね、みんながよそよそしいっていうか・・・上手くは言えないんだけど・・・。」
「そうか。」
「乱馬、何か聞いてない?」

 教えたら、あかねはどうするだろう?
逃げる?
どうやって?
自分を頼って、「わたしを連れて逃げて」・・・なんて言われたら?
連れて逃げれるだろうか。
国を裏切り、大切な王女を自分の身勝手な想いで奪い去る・・・。
あかねは・・・幸せになどなれるはずがない。
あかねには幸せに生きていってほしい。
そう望むのはあかねを守りたいからだけじゃない。
あかねを愛しているからだ。


「乱馬?」
「んー・・・思い出してるけど、やっぱ、聞いてねぇなぁ。」
「そっか。」
「気にしすぎだろ?」
「そだね。」
「なぁ、そろそろ城に戻らねーと・・・準備あるだろ?」
「うん。」

 きっと、もう二度と、あかねと一緒に、この場所には来られないだろう。
だからあかねを連れてきた・・・自分だけの大切な場所に。


 そう思いながら乱馬はあかねを馬に乗せ、城へと走らせた。



   

 あかねはドレスに着替えると、乱馬たちの前に現れる。
いつにもまして着飾られたあかねは美しい。

 だけど、乱馬にはそんなあかねが人形のように見えて仕方なかった。
国の為に操られる人形。
それがあかねの幸せなのか・・・それは自分にはわからない。
だけど、自分にはどうすることも出来ない。


 あかねの視線が乱馬だけを見つめていた。
乱馬を見て微笑む。

 乱馬の胸は張り裂けんばかりに痛んだ。
無邪気な笑顔が自分を苦しめる。
愛しい女の微笑みが辛い。


 何も知らない。
あかねはこれからの人生を自分で選べない。


 あかねの前へ一人の男が現れる。

「はじめまして、あかね王女。わたしは隣国の王子。」
「はぁ。」

 気のない返事。
あかねは目の前の男などどうでもよかった。

 乱馬に微笑むといつもは下を向いて俯いて・・・。
でもその後に、少しはにかみながら笑顔を返してくれるのに。
今日はただ真剣にわたしのことを見つめ返した・・。
いつもと違う乱馬の態度。
やっぱり何かがおかしい。
乱馬がさっき、どうしてわたしを連れ出したのか・・・それさえも疑わしい。
乱馬は何を考えているの?
どうしたの?
わたし・・・乱馬が好きなのよ?
なのに、不安になるようなことしないで。
いつもどおり、わたしのこと見てて・・・。

「あかね、おまえの婚約者だよ。」

 はっとした。

「婚・・・約?」
「あぁ。」

 そう言うと王は声を張り上げた。

「あかね王女が婚約した!! 今日はその祝いの宴じゃ!! 皆、祝え!!」

 わぁっと会場がどよめく。
口々に交わされる祝福の言葉。

「お父様!!いったいこれは!」

 あかねは堪らず王にくってかかる。

「おまえももう十八。そろそろ結婚せねばなるまい。この国にとって一番の相手を
 私が選んだのだ。おまえに言えば拒否されるだろうから、勝手に決めさせてもらった。」
「そんな!!」
「おまえは王女なのだ。王女は国の為に生きねばならぬ。それがおまえに課せられた運命だ。」
「絶対にいや!!わたし、あんな人なんかとは結婚しない!」
「我儘をいうな。それにもう公言してしまったのだ。後戻りは出来ん。」
「いや!絶対にいや!!」

 あかねは会場を飛び出した。
その光景を遠巻きに見ていた乱馬は慌ててあかねの後を追う。

 そのまま、あかねは自分の部屋に引き篭もってしまった。


 乱馬はドアをたたく。

「だれ?」
「乱馬だけど・・・。」

 ドアは開く。
あかねに手を引かれ中に入る。

 最近はめっきりと足が遠のいていた愛しい女の部屋。
あかねの香りが鼻腔を擽る。

「乱馬・・・。」

 あかねは乱馬の胸に顔を埋める。

「・・・ひど、いの、わたし・・・に、け、結婚しろって。」

 涙声。

 乱馬はあかねの髪を撫でる。

「いやなのか?」

 あかねは頷く。

「どうして? あの王子、結構格好よかったみたいだけど。」

 そこまで言うとあかねが顔をあげた。
瞳は涙に濡れ、輝いていた。

「どうして、そんなこと、言うの?」
「え?」
「わたしとの、約束、忘れちゃったの?」

え・・・ひょっとして? でも、そんなはず・・・。

「わたしと結婚してくれるって、あかねを幸せにするって、忘れちゃったの?」
「覚えててくれたのか?」
「当たり前じゃない!わたし、それだけを信じて生きてきたんだから。」

 自分だけと、思っていた。
そんな昔の約束を馬鹿みたいに思って、生きて・・・だけど、あかねは・・・。

「・・・だめだ、身分が違う。」
「そんなの、関係ない!」
「あかねは王女だから、そんなことが言えるんだ。おれは・・・。」
「わたしのこと、嫌いなの?好きじゃないから、そんな風に言うの?」
「ち、違う!」
「だったら、だったらどうしてそんなこと言うの?」

 答えられるわけがない。
あかねを愛しているなんて口に出せば・・・自分は何をするかわからない。
あかねを連れてこの国を出て・・・

 駄目だ、あかねは王女。
世間知らずのあかねがこの国以外で暮らしていけるはずがない。
一時的な感情であかねの幸せを壊すわけにはいかない・・・。

「あかねは、王子と結婚しろ。」

 あかねの身体が離れる。

「それが乱馬の答えなのね! わたしなんかどうでもいいのね!
 わたしが勝手に乱馬好きで、邪魔なのね、わたしの気持ち!
 わかった、もうでてって!!」

 あかねは一気に捲し立てると、乱馬をドアの外へ追い出した。

「わたしは王子と結婚します。それが乱馬の望みなら、わたしはそれでいい。」



 何も言えなかった。
・・・・・だけど、これでいいんだ。
自分に何が出来る?
あかねの人生を背負っていくだけの力があるとでもいうのか?

到底無理だ。

逆らえないさ、運命にはな。









                                =続・後編へ=



呟 事
気にならない程度の続き物・・・かな?
夏休みなのでちょっと続き物にしてみました。
といっても私の作り出す、この中世という世界は長いです・・・ので
確実にこの先も続き物になっていくとは思います。

今回は護衛乱馬くんと王女あかねちゃん編でお送りしてます。
ど、どうですか?中世って感じでてます?
私はお姫様とか年甲斐もなく好きなのですね(汗)
それでも言葉をかたくしたり、よそよそしくすると、「あかね様」「乱馬様」になってしまい、
文字で表現するこの世界には不向きだと思ったので、ふたりの会話は出来るだけ普通にしてます。
『そばにいて』も、私の落書きでは「乱馬様」とあかねちゃんは呼んでいるのですが、
文字にすると、小太刀がいるよう(笑)なので、無理に普通に話す設定にしてたりです。
そんなでも、雰囲気感じ取ってくれると嬉しいです。        ひょう
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