きみをしりたい 第3章 熱い紅茶を飲んでこころが温まったのか、あかねは話を始めた。 「今ね、お父さまがいないのは、わたしの結婚相手を探しに行ってるからなの。」 かじっていた菓子を危く落としそうになる。 「もう16なのに結婚してないの、この辺じゃわたしくらいらしくって、焦ってるのよね、お父さま。」 そう言って、指を折る。 「十四の時から・・・・・もう、七人。断わり続けてる。」 「どうして?」 「うん。いきなりね、城にやってきて結婚相手ですって言われても、 はい、そうですかって・・・ううん、ほんとは受け入れなきゃいけないんだろうけど、 出来ないんだ、わたし。」 カップをテーブルの上に置く。 「目に見えるものだけじゃ、わかんないでしょ?」 ・・・・・・同じだなって、思った。 「でもね、それで・・・・・わたし。」 声が震え出す。 「お父様、困らせてる・・・・・・悪い・・・我儘な娘・・・。」 気がついたら、本能的に抱きしめていた。 そうするのが当たり前だって感じたから。守るのは当然のこと。 「悪くなんかない。自分に正直に生きるのを我儘なんて言わない。 我儘っていうのは偽りの自分に囚われて、無理して生きてる、そういうことを言うんだ。」 「で、でも。」 胸の中で小さく震えて泣いてる。 「おれだってな、結婚、この歳まで十五回、断った。」 「え・・・。」 「嘘じゃない。本当のことだ。」 だから、おれはこうして。 しばらく泣いたら、落ち着いたみたいだけど、身体を離そうとはしなかった。 「ねぇ、らんま。」 「ん?」 「このまま、ずっと一緒にいてくれる? わたしのそばにいてくれる?」 ああ、そうしたい。 それが望みだ。 あかねと、このまま一緒にいたい。 「・・・・・・約束できない。」 その返事に、あかねは急いで顔を上げ、ぱっと身体を離す。 「あ、うそよ、うそだからね、今の・・・・・困らせちゃった?」 作り笑いが、すごく響いてきつかった。 「い、いや、おれはな、だから・・・。」 「あちこち、旅してるんだもんね。一つの所にいるなんて、面白くないし、退屈に思うのよね?」 「・・・・・・。」 このままじゃ、ずっとこのままだ。 今のおれは、あかねが望む、おれじゃない。 真実のおれをしってほしい。 あかねだったら受け入れてくれるって、そう思いたい。 「なぁ、あかね。」 「なあに?」 わかってくれるって信じたいから。 「あのな、おれ、本当は男で。」 顔色が変わった。 慌てて立ち上がると、その身を翻し、長いすの陰に身をひそめる。 「あかね?」 見て解かるほど、がたがたと震えながら、 顔だけをそぉっと背もたれの上部から出し、こちらの様子を窺っている。 「らんま、男・・・・・の、人、なの?」 言葉を噛み締めるように、強く確認するように、ひとこと ひとことを、はっきりと話した。 「あ、いや・・・だったらどう思うかなって。」 あまりの動揺のしかたに、切り出せなくなる。 「・・・・・・冗談?」 「ああそうだ。嘘だよ。おれが男なわけ、ねーだろ。」 「そうよね・・・そっか、よかった。」 明らかに安心した声。 ゆっくりと立ち上がり、隣に座りなおす。 「・・・・・・あのね、私、男の人苦手だし、嫌いだし、一緒にいたくなんかないの。 らんまが、男の人じゃなくってよかったって、そう思ってる。」 「ごめんな、馬鹿みたいなこと言って。」 「ううん。」 気にしないでって、そう言ってる瞳。 −らんまだったら大丈夫よ− そう、言ってほしかったんだ・・・本当は。 そう、言ってくれるんじゃないかなって、思ったんだ、本当に。 がっかり、した・・・・・がっくり、きた。 あかねが悪いんじゃないのに。 嘘をついてるおれが、本当いやになった。 あかねを選ぶ資格、おれにない。 出ていこう。 「らんま? らんまってば。」 「え?」 「どうか、したの?」 「え、あ、いや。これ、すげーうめぇな。」 気持ちを悟られないように、誤魔化す為、手にしていた菓子を頬張る。 「もっと食べる?」 「ん、んぐ。」 口いっぱいに含んでしまった為、声にならなくて、仕方なく頷いた。 「じゃあ持ってくるから、ちょっと待っててね。」 「ん。」 あかねは部屋を出て行く。 その隙に部屋を出て・・・。 「あら、どうかしたの?」 あかねの母親に、あかねがどうしてあんなに男を毛嫌いするのか、思い切って、聞いてみることにした。 「四度目の時だったかしらね。結婚相手候補の侯爵があかねに無理に迫ったことがあったの。」 「えぇっ!」 思わず声を荒げてしまう。 あかねの身が・・・そんなこと考えたくもない。 「すぐに大声をあげたから、大事には至らなかったわ。」 「そう・・・よかった。」 「でもね、それ以来、あかねは何事もないように努めてるけど、 気にしないようにって、そう振舞ってみせるけど、 だけどね、男性すべてがそう見えてしまうのよ。 だから私は、無理に結婚させようなんて思ってはいないの。」 今まで結婚せずに済んでいたのは母親の愛に守られていたから。 「流石にそろそろ、限界・・・みたい。」 そう言って大きな溜息をついた。 「今度の相手と、無理にでもって・・・。」 王女になんて生まれてこなければ、もっと自由に生きられたんだろうねって、 そう笑ってみせた母親の力ない笑顔がやけに痛々しくて・・・。 おれが、あかねを幸せにするから・・・そう言えたらいいのに。 あかねの部屋に戻る。 ドアを開けると、こちらを見て、ぱぁっと明るい表情。 「どこ、行ってたの?」 「あ、えと、腹、減ったから・・・。」 「らんまったら。」 そう言って笑う笑顔に惹きつけられるほど、重りは かかる。 これ以上、好きになってはいけない。 すぐにでもここを出て行かなきゃならないんだから。 「じゃあ、ご飯、食べよっか?」 俯いてる顔をしゃがんで下から覗かれる。 「ね、そうしよ?」 そんなに無邪気に顔、近づけんな。 邪まな気持ち、持ってんだぞ。おれ、本当は男なんだからな。 「早く、ね。」 手をつながれて、部屋を後にする。 「今日の晩御飯、なんだろうね。らんまは何が好き?」 あかねをしっていくほどに、おれはあかねにのめり込む。 もうしりたくない。しらなくていい。 これ以上しってしまったら、どうにもならなくなってしまう。 だけど、あかね、きみをしりたい。本当の きみを。 =続*第4章= 呟 事 ようやくタイトルな第3章。 次回で終わるかと思われます、多分。 こんなでも、読んで下さる方に心底感謝中。 ごめんなさい、私、書いててすげー楽しいです(阿呆) 相変わらず、好き勝手な管理人で申し訳なし・・・・・。 我儘の定理。乱馬くんが言うことは、心理学的に言うと、本当にそういうことです。 自分らしさの追及を我儘とは言わないのです。 嘘の自分に翻弄されて生きることがむしろ我儘らしい。奥深し。 深しだわって、自分への限りなき言い訳にしか聞こえないこともない話。てへっ。 ひょう