ちいさい自由 第一章 乱馬的観点 「いいな? てめぇらは馬の用意をしておくんだ。後はおれ、ひとりでやる。」 「へい、お頭。」 乱馬は生まれたときからもっていた天性の素質と、研ぎ澄まされた眼力によって、 十六という若さで、盗賊団を牛耳っていた。 危険を察知する先見の目、鋭い勘。 どれをとっても、盗賊としての資質はすばらしく、今まで盗み出した財宝は数知れず。 だが、それは貧しい者たちのため。 決して自分たちが楽に生きるためだけにやっていることではなかった。 世の人は義賊といい、彼等盗賊団をもてはやしていたが、所詮は、盗人。 追われる身の彼等は転々と各地を渡り歩いては、業突く張りの金持ちから金品をせしめ、 その街に住む貧しい者たちに分け与えていた。 闇夜の晩は仕事がしやすい。暗闇に溶け込むことが出来るから。 こういう晩はいつだって、大口の場所。城や公爵の屋敷を狙い、仕事をしていた。 狙いを定めていた城にいざ乗り込んでみたものの、あまりに多い兵士の数に、 並々ならぬ気配を感じた乱馬は、手下をその場に残し、単身城に忍び込んだ。 納屋から太く長いロープを拝借し、庭から、二階のテラスへ。 二階のテラスから、三階のバルコニーへと、少しずつ上に登っていく。 屋上の出っ張りにロープをかけ、壁伝いに登っていた時、囁くような小さな呟きが、耳に入った。 誰かいる・・・見つかったか? ひやひやしながらも、その声の方向に近づく。 下の階の窓から身を乗り出している・・・遠めに見ても、感じられる気品。 この城のお姫様だな。 たしか、同じ年の頃の王女がいるって聞いてたな。 気になって、耳を澄ます。 「これ・・・飲むしかないのかな。」 手元に紫色の液体の小さな瓶が見えた。 直感で、毒だとわかる。 どうして? この王女は自らの命を絶とうとしてるんだ? なぜだかわからないが、気になる。 衛兵が異常に多いのとなにか関係している・・・そんな気がした。 危険を承知の上で、王女の覗く窓のすぐ隣にある、バルコニーに降り立つことに決めた。 手下たちは金品と一緒に女を連れ去ったりしていたが、おれは女には興味などなかった。 ただの一度だって、女を奪ったことなどない。 だけど、不思議と、この王女の切なそうに呟いた声が耳から離れない。 こんなこと、している暇などないのに。 外に待たせている手下たちのため、今日のことしか考えられず生きる、 貧しい者たちのためにも、この城にある財宝を奪わなければならないのに。 するすると、伝い降りていたら、部屋の窓が開き、その王女がバルコニーに出てきた。 「誰?」 見上げる王女の頭の上を飛び越して、静かに地上に降り立った。 「・・・あなた、誰?」 振り返る王女の顔が部屋の明かりに照らされて、はっきりと見えた。 途端、心臓が締め付けられ、きりきりと悲鳴をあげた。 そのすぐ後に、どきどきと激しい鼓動。 痛む胸の中。しっかりとした、だけど、すぐに揺れ動く感情が芽生えるのを感じた。 「死ぬ気なのか?」 どうして、そんなこと、聞いてしまったのか・・・わからない。 だけど、どうしても、目の前の小さな王女をほうっておくことなど、出来なかった。 「え・・・。」 「話は聞かせてもらった。」 「・・・・・・。」 黙ったまま、憂う瞳をこちらに向ける。 「もし、死ぬ気だったというのなら、その命、おれにくれないか?」 「え?」 「その代わり、ここから連れ出してやる。」 「本当?」 「ああ。約束する。」 瞳の奥にあった、暗い影が一瞬にして消え去り、ぱあっと明るくなった表情に、釘付けになる。 思わず息を呑んだ。 「わたし、この城の三番目の王女で、あかね と言うの。」 「おれは、乱馬。盗賊団の頭をしている。この手を掴んだら、あかねはおれのものだ。いいな?」 そう言って、差し出した手を、あかねの手は触れる。 ぎゅっと強く握りしめ、手を引いて身体を寄せた。 「いいんだな?」 「この命、乱馬に捧げる。」 「よし。だったら、しっかり、捕まってるんだぞ。」 「うん。」 あかねに身体を抱きつかせ、腰のあたりに手を回し、支える。 もう片方の手にロープを掴み、登ってきたのとは逆に下に下っていく。 壁を蹴り、落ちていく身体に、必死にしがみつき、あかねは怖いのを必死に堪えている。 「絶対に、離すなよ。」 「うん。」 三階のバルコニーについて、乱馬はわたしの身体を抱きかかえた。 そのまま手すりの飛び乗り、ひょいっと近くの木に飛び移る。 ざわざわ、木の枝は揺れて音を立てるけど、今夜は風が強いおかげで、不自然さを感じさせない。 誰の目にも止まることなく、城壁に辿り着いた。 「落ちるから・・・しゃべるなよ。」 「え?」 真下に手下の持つランプの灯り。 ここから飛べば、待たせている馬にちょうど乗れるだろう。 あかねを強く抱きしめて、漆黒の闇に身を投げた。 重力に身を任せながらも、バランスを取る。 落ちた先、ちょうど馬の背に跨った。 手下からランプを受け取り、周囲を確認する。 追手の気配は感じられない。どうやら、上手く抜け出せたようだ。 「いくぞ、やろうども。」 出来るだけ早く、あかねを遠くへ。 そう思い、前方を注意しつつも、全速力で馬を走らせる。 自分の身の心配より、胸の中で小さく震えるあかねの身の安全を守りたかった。 しばらくして、あかねの身体の震えが強くなったことを、不安に感じた。 「寒いのか?」 あかねは、首を振った。 だとしたら・・・これから先のことを考えているんだろうか。 それとも、盗賊のおれのこと、脅威に感じているんだろうか。 「・・・・・・怖いのか?」 あかねは再び首を振り、必死に身体にしがみついてきた。 柔らかい身体と、触れ合う暖かい感覚に、あかねの存在を強く感じながら、ただただ、馬を走らせた。 =つづく= 呟 事 相変わらず・・・な中世・・・出逢うまででこの長さ。 案の定な、長くどさが、この後めいっぱいです。 年の瀬の忙しい時に探して読むもんでもない気はしていますが、 書いてる方もどうよって話ですな(汗) *ひょう* て、これを書き直すという行為自体がさむいので・・・これはあえてそのままです。