ちいさい自由 第一章 あかね的観点 わたしの十六回目の誕生日。 たった一度だけ、顔を見た伯爵と、わたしは結婚する。 舞踏会の席で遠目で見た、母さまに言われた人と。 歳が二十も上の人と。 好きでもない人と。 一番上の姉も二番目の姉も愛する人と一緒になってる。 でも、わたしは・・・・・・。 今まで出逢えなかっただけなのに。時間は待ってはくれない。 もし神様がいるというのなら、わたしの願いを聞いてください。 わたしの望みはただひとつ。どうか、わたしを見逃して・・・。 神様ほどのお力があれば、運命の歯車をほんの一時ほど止めて、 わたしひとりを放り出すことくらい、容易いでしょう? もし、願いを叶えてくださるというのなら、わたしの持っているもの、すべてを差し出して構わない。 この命と言うのなら、喜んで差し上げます。 それで自由が手に入るというのならば、わたしはこの身を投じます。 こうして祈りを捧げても、きっとわたしはこのまま一生狭い籠の中。 だからと言って、手をこまねいて指をくわえて待ってたっていけないと、 幾度となく、この城からの脱出を試みていた。 だけどその都度、あともう少しってところで見つかって、すぐに連れ戻されていた。 誰であったとしたって、どこへでだって構わない。 わたしをここから、外の世界に自由に飛び立たせてくれるなら・・・。 何も多くは望まない。ただ小さな自由がほしい。 嬉しい時に笑って、悲しい時に泣いて・・・・・・たったそれだけでいい。 あの時計台の針が十二をさせば、わたしは十六になる。 チャンスは、もう今しかない。 明日の朝には婚礼の儀式が始まってしまう。 いつものように、手元にある金貨や宝石を持てるだけ詰め込んで、窓から身を乗り出す。 下を見ると衛兵・・・・・・特に今夜は明日を控えていることもあって、その数は多い。 「・・・・・・。」 行動を読まれてる。 それどころか、さっき部屋の入口に外側から錠がかけられていた。 行動すべてが、逐一、監視されている。 「どうしよう・・・このままじゃ、わたし。」 窓から身を少しだけ乗り出したまま、胸元に隠していた小さな小瓶を取り出す。 以前、城から脱出した時に、いざというときのため、買った物。 妙なまじないの店で手に入れた、苦しまずに死ねるという、怪しい秘薬。 「これ・・・飲むしかないのかな。」 最終手段と思ってた。 城から運良く脱走できても、きっと捕まってしまうだろう。 契りを交わすくらいなら、いっそのことって、そう思って用意していたものだけど。 「だけど、母さま悲しむよね。」 小瓶の蓋を開けようか、どうしようかと悩んでいると、隣の部屋のバルコニーに、人の気配を感じた。 慌てて、小瓶を隠す。 「誰?」 衛兵かしら? そう思いながら、バルコニーに出る。 外壁に絡まった蔦・・・の側に一本の太いロープ? 上を見上げたら、黒くて軽い影が、ふわりと視界を横切り、音もなく床に降り立った。 「・・・あなた、誰?」 見知らぬ男の人が、そこにいた。 背格好からして、年の頃は同じくらい。 目つきが鋭く、腰に短剣を収めてるところから推測すると、盗賊みたい。 だけど、不思議と恐怖はなかった。 「死ぬ気なのか?」 「え・・・。」 「話は聞かせてもらった。」 「・・・・・・。」 言葉に詰まり、ただ、目の前の強い瞳をみつめた。 「もし、死ぬ気だったというのなら、その命、おれにくれないか?」 「え?」 「その代わり、ここから連れ出してやる。」 「本当?」 「ああ。約束する。」 わたし、この人を信じていいの? 盗賊なのよ? ・・・不安がないと言ったら嘘になる。 たった今、出逢ったのに、簡単に信用できるはずがない。それに、どんな目に遭うか、わからない。 ・・・だけど、わたしにはもう時間がない。 どうせ捨てるはずだった命。 これは最後の賭け。神様のくれた、チャンスかもしれない。 「わたし、この城の三番目の王女で、あかね と言うの。」 「おれは、乱馬。盗賊団の頭をしている。この手を掴んだら、あかねはおれのものだ。いいな?」 そう言って、差し出された手に、わたしはそっと触れた。そのまま身体を引き寄せられる。 誰だってよかった。 わたしをここから救い出してくれるのなら。 どんなひとでもよかった。外に連れ出してくれるのなら。 「いいんだな?」 「うん。この命、乱馬に捧げる。」 「よし。だったら、しっかり、捕まってるんだぞ。」 「うん。」 乱馬の身体に腕を回し、しっかりと抱きつく。 ロープを掴むと、身体はするすると下に落ちて行く。 いくら、乱馬が身体を支えてくれていても、この腕が解けたら、 わたしの身体はまっさかさまに落ちてしまうだろう。 怖くて、下を見ることも出来ず、ただ、しがみついていた乱馬の身体に顔を埋めていた。 「絶対に、離すなよ。」 「うん。」 三階のバルコニーについて、乱馬はわたしの身体を抱きかかえた。 そのまま手すりの上に乗り、近くの木に飛び移る。 木の枝を素早く渡って、城壁に辿り着いた。 「落ちるから・・・しゃべるなよ。」 「え?」 そう言って、乱馬は外へと向かって飛び降りた。 あがりそうになる悲鳴を必死に堪え、目を瞑ったまま乱馬にしがみつく。 すぐに、どんっと鈍い感覚が身体を走った。 そうっと目を開いたら、すぐそこには乱馬の顔。 目を奪われるくらい、真剣で凛々しい表情をしている様に、わたしは周りへ視線を移す。 そこには、たくさんの盗賊たちが、じっと乱馬の指示を待っていた。 ひとりの男から、明々と灯るランプを受け取る。 「いくぞ、やろうども。」 わたしを腕の中に抱いたまま、乱馬は馬を走らせる。 その後ろから、ついてくるのがわかる。 落ちないように、乱馬の服をしっかりと掴む。 「寒いのか?」 わたしは何も言わず、首をふる。 無意識に震えるわたしの身体を、乱馬は心配してくれているようだった。 「・・・・・・怖いのか?」 そんなこと、あるはずない。 これから、自由になれるわたしに、怖いことなどあるはずないじゃない。 わたしは、さっきよりも強く、否定の意味を込めて首を振った。 乱馬は見えない前方を気にしながらも、わたしの顔を覗き見る。 激しく揺れる、馬の背中では、上手く話すことが出来そうもないから、 ただ、乱馬の身体に抱きつく腕に力を込めた。 たくさんの者たちの先頭に立ち、振舞う姿に、わたしは恐怖ではなく、 大きな力に守られている安心感を感じていた。 その暖かい身体に甘えるように、ずっとしがみついていた。 馬の足が止まり、降ろされるその時まで。 ・・・・・・そして、わたしは忽然と、城から姿を消した。 =つづく= 呟 事 相変わらずな、中世な話。 長くどさが、今後もどんどん見受けられます。 ほぼ間違いなく。というか、当たり前のように・・・。 年の瀬の忙しい時に探してもらってまで読むもんでもない、 そんな気がしてはいますが、書いてしまった訳でして(汗) *ひょう* て、これを書き直すという行為自体がさむいので・・・これはあえてそのままです。