ちいさい自由   第三章     乱馬的観点





 食事が済むと、あかねは眠そうに目を擦る。

「おれ以外、ここには来ないから、安心して寝な。そこのベッド、自由に使っていいから。」
「え・・・ここ、乱馬の部屋なんでしょ?」
「そうだけど?」
「わたしは、さっきいた部屋でいい。」
「それは駄目だ。」
「・・・どうして、わたしだけ? 連れてこられたみんなは、あの部屋にいたわ。」
「・・・ゆっくり、休むんだぞ。」


 どうして? どうしてなんだろうな・・・よくわかんねぇけど、
あかねは・・・おれにとって、特別な存在なんだ、間違いなく。




 部屋を出て、食堂に行き、汚れた食器をそこに置く。
すぐに女たちが姿を現した。

「全員、いるのか?」
「ええ、皆おります。」
「だったら、言っておく。あかねに・・・おれの側にいる、あの王女に、金輪際、口出し手出しは一切するな。
 ちょっとでも、あかねの耳に入れたことがわかったら、てめぇら。」

 腰の短剣を引き抜き、一気に机に突き刺した。

「わかってるだろうな?」

 女たちは静かに息を飲み、返事をする。

「・・・はい。」
「いいな。これは脅しでもなんでもねぇ。絶対的な掟だ。」
「わかりました。」

 短剣を鞘に戻し、すっとした気持ちで自室に戻った。








「なんなわけ? あの女。」
「なんでも、この国の王女らしいわよ。」

 乱馬を取り巻き慕う女たちにしてみれば、どんなにせまり誘惑しても、一度たりとも靡いたことのない乱馬が、
突然現れた、自分たちよりも、美しく清らかなあかねには、微笑み、優しい言葉をかける・・・、
その上、乱馬があかねのために掟をつくり、振舞う様がおもしろくないと思うのは当然のことだろう。

「今まで一度だって、笑いかけてくれたことなんかなかったわ。」
「触れたことも、触れてくれたことだってないのに。」
「近づこうとしただけで、睨みつけ、言葉でさえめったにかけてくれやしない。」
「どうして、あの女だけ。」

 乱馬の腕の中に抱かれ、守られている、特別な存在。
自分たちがそこに身を置くことをずっと夢見てきたのに。
女たちに灯っていた嫉妬の炎が、より一層激しさを増していく。

「絶対、あの女にわからせてやる。」
「ここで生きていくってことをね。」




 その頃 乱馬は、最初から興味もない女たちの卑しい感情に気がつくはずもなく、
すやすやと安らかな寝息をたてているあかねを見て、よく眠っていることに、ほっとしていた。

「・・・ちょっと、ごめん。」

 あかねの身体を抱き起こし、そのまま腕の中で抱きしめた。
しばらく、そうして・・・再び身体を横たえる。

「やっぱり・・・ちっちぇな。」

 あかねを離れ、広げていた紙に さらさらと筆を走らせた。
書き終わると、部屋を出て、外に待たせていた男にその紙と少しばかりの金貨を渡す。

「今日の夕方までには、なんとか頼む。」
「おまかせください。」
「無理を言ってすまないな。」

 立ち去る男の後姿を確認し、部屋に戻って、ソファーに寝そべる。
そして、そのまま、眠りについた。








 目が覚めた頃・・・日は真上に昇っていた。

「・・・うーんっ。」

 横になったまま一度伸びをして、勢いよく身体を起こす。

「あれ? いつの間にか、ここで眠っちまったか。」

 頭をかきながら、もう一眠りしようとベッドの方に向かったら、誰かが眠っていて驚いた。

「なっ・・・あ。」

 そこには、昨日出逢った あかねが静かに眠っていた。
寝ぼけた頭に一気に血が駆け上り、くらくらする。

「・・・まだ・・・おやすみ。」

 そっと呟いてその場を離れ、そのまま部屋を出た。




「で、どうなんだ?」

 城を監視させていた手下がアジトに戻っているのを知った乱馬は、今現在の様子を問い質していた。
あかねがいなくなったことがわかれば、すぐに捜索がかかり、あかねをより安全な場所へ匿う必要がある。
そのために、あかねを連れ出したとき、手下を少しその場に残していたのだった。

「王女と結婚するはずだった伯爵が、大勢の手を借り、捜索を開始しております。」
「そうか・・・。」
「この伯爵、なかなかのやり手らしくて・・・・・・。」

 あかねの側仕えをしていたメイドに聞いたところによると、
この伯爵は、豊かな領土を持ってはいるものの、地位はそう高くはない。
だが、野心を持つこの男は、あかねと結婚し、王家に入るのが目的。
巧いこと、あかねの両親である王と王妃に取り入って、結婚までこぎつけていた。
そんな邪まな考えを持つ伯爵が、あかねをそう簡単に諦めるはずはない。
血眼になって、探すに違いないだろう。
それに、確かに地位もほしいが、美しく若いあかねを自分の物にしたいと思っているだろうから。

「ここが見つかるのも時間の問題か・・・。」
「どうでましょうか?」
「手は打たねばならないだろうな。」
「では、こちらから仕掛けますか?」
「いや、相手の出方次第だ。最悪の場合、決着をつけなければならん。」
「しかし、相手は。」
「構うものか。あかねを手放すくらいなら、おれは・・・それに、こちらにも考えはある。
 簡単にあかねを見つけ出させはしないし、上手くいけば、交えずに済むだろう。
 こちらとしても、無駄な戦いは避けたいし、おれたちは盗賊。盗みはするが、殺めはしない。」
「へい。」
「すまないが、しばらく監視は続けてくれ。何かあったら、すぐに知らせを。」
「わかりました。」

 その後、今後の仕事について皆で話し合い、使いと別れた。

 再び部屋に戻ったおれは、気持ちよさそうに眠る寝顔を見て、絶対に守り抜くと、今一度、誓いを立てた。







 日が傾きかけたころ、あかねは起きてきた。
手下の調べてきた、伯爵に関する書類に目を通していたおれは、ばれないように、それらをさっと束ねる。

「あ、起きたの? おはよう。」
「うん・・・。」

 そう言って見た顔の色は、頬がほのかにばら色で、快い印象を受けた。

「よく眠れた?」
「うん。」

「お腹は?」
「・・・少し。」
「そう。じゃあ、用意するから。」

 立とうとしたら、慌てた様子であかねは制する。

「あ、わたし、自分で。」
「・・・やってみる?」
「うん。」
「それじゃあ、その格好だと動きにくいだろうから、これに着替えな。」

 あかねに差し出した、えんじ色の中国服。
今朝方 急いで作らせた物。
身体の寸法は、昨日の夜、抱きしめて測ったものだから、ちゃんと合っているといいけど。
そんなことを考えてたら、着替えを済ませたあかねが戻ってきた。

「変じゃない?」

 こんな格好したことなどなかったであろう、あかねはしきりに気にしている。

「よく、似合ってる。」
「これ・・・。」

 手の袖の長さも、下にはいているズボンの丈も、それに・・・。

「急いで作らせたわりに・・・。」

 胸元も、腰まわりも、全体的なバランスも、いいようだ。

「身体にもちゃんと合ってるみたいだな。」
「うん。」
「苦しいところとか、ないか?」
「大丈夫。」
「そうか。よかった。あ・・・。」

 それに合わせて、用意しておいた、小さな髪飾りをあかねの髪につける。

「これで、よしっと。」
「ありがとう。」

 恥ずかしそうに、はにかんだ笑顔を見せてくれた。

「食堂、わかるな?」
「うん。行ってくる。」
「あんまりうろうろすんなよ。めし、もらったら、それ持ってここにすぐ戻ってくるんだぞ。」
「わかった。」

 ちょっと心配だけど、ここで必死に生きて行こうとしている、あかねの気持ちを大切にしたかったし、
ここで生活していくことを、学んでほしいし・・・。
本当のこと言うと、出来ることなら、一緒にずっと、生きていきたいって、そう思ったから。

 手下や女たちには言って聞かせているから、大丈夫だろう。






 あかねが部屋を出て・・・・・・一時、待ったけど、なかなかあかねは戻ってこない。
だんだん、いらいらしてきた。

 なにやってんだ? すぐ戻ってこいって言ったのに。まさか、迷ってんじゃねぇだろうな・・・。


 階段を勢いよく駆け降りて、食堂の扉を開ける。
中に入ってすぐの所に、あかねがお盆を持って立ち尽くしていた。

「・・・遅ぇぞ。」
「ご、ごめん。」
「なにやってたんだよ?」
「うん。ちょっと。」

 顔を見ないあかねの様子が気になりつつも、手にしている食事の乗ったお盆を取り上げた。

「あ、いいよ。自分で。」
「あかねの歩みに合わせてたら、夜が明けちまう。」

 ようやく上げた顔が、どことなく悲しげに見えて、なんかあったのか?って聞こうかとも思ったけど、
多分、聞いたって答えはしないだろうから、余計な詮索は止めた。

「乱馬。」
「・・・ったく、おれがいなきゃ駄目だな。」

 言葉の代わりに 強く握りしめた手・・・あかねも強く握り返してくれた。








 部屋に戻り、食事を済ませた頃には夜は更け始めていた。

 いい頃合だな。そろそろ出掛けるか・・・。

 立ち上がり、ソファーにかけていた上着を着る。

「出掛けるの?」
「ああ。仕事だ。」
「・・・・・・いってらっしゃい、どうか気をつけて。」
「あかねも、一緒に来るんだ。」
「え?」
「一緒に行くからな。」
「でも、わたし・・・。」
「大丈夫。あかねはおれが守るから。」

 この命が尽き果てようとも、危険な目にだけは遭わせやしない。
そうならないように、万全の準備はしてあるんだ。

 あかねをじっと見つめたら、どうしたの?って問い掛けるような瞳が見えた。
どこまで口に出したのか、どこまでが想いだったのか・・・よくわからなくなったから、
誤魔化すように、あかねの手を引く。

「さ、ついておいで。」
「うん・・・。」

 入口に待たせている馬に、あかねを抱きかかえ、飛び乗る。
前に座らせて、身体を抱き寄せた。
おれに体重をかけた方が、馬よりも安定しているし安全だから。
それに、あかねの顔を見ていたいのもあった。
身体の温もりを、ちょっとでも感じていたいし、感じてほしいから。

「揺れるから、しっかり捕まってろよ。」
「わかった。」
「馬を走らせてる間は、口、聞くな。舌、噛むからな。」
「うん。」

 あかねが腕を回し、しっかりとしがみついたのを確認し、手下に合図を送る。
おれたちは、一斉に馬を蹴り、アジトを後にした。






                                   =つづく=




呟 事
進むにつれて、何故か先が見えなくなってきた第三章。
まだまだ終わる気配なしです・・・。
       
先が出来たら、ここに小話書きますので・・・
続きを気にしてくださる方は、
ここの隠し場所を覚えていてくださいまし。
                          *ひょう*

て、これを書き直すという行為自体がさむいので・・・これはあえてそのままです。

>>>第四章読む? >>>読まないです。