ちいさい自由   第四章     乱馬的観点





 アジトから随分と離れた辺りで、前方にかがり火が焚かれていた。

 ちっ・・・予想以上に手が早いな。

「待たれい。」

 一人の男が立ちはだかる。しかたなしに、馬を止めた。
あかねが不安そうな面持ちで顔を上げる。

「あっち、見るなよ。いいな。」
「・・・・・・。」

 頷くあかねの身体を抱いている自分の腕の力を、今一度確認した。

「なんだ? おれたちに何か用か?」
「貴様ら、各地を荒らしまわっている盗賊団だな?」
「荒らしまわっているとは人聞きが悪いな。」
「義賊と言われていようとも、所詮はただの盗人。いい気になるなよ。」
「そのただの盗人に何の用だ? こちとら忙しいんでね、用件があるんなら、手っ取り早く済ませてもらおうか?」
「貴様たち、昨日、城に盗みに入ったであろう?」
「城? どこの? まあどこだっていいさ。城なんぞには行ってないからな。」
「嘘をつくな。この国の城に忍び入り、その時、あかね王女を強奪しただろうが。」
「あかね王女? 誰だい、その女は。聞いたことすらない。」
「ええい、下手な言い逃れを!
 よいか、我々は、あかね王女と本日、結婚の契りを交わすはずであった、伯爵付きの兵である。
 伯爵は、王女の姿が突然に消え、大変お嘆きである。
 何としても、我々は王女を連れ帰らねばならぬのだ。」
「そっちがどういう事情だろうが、おれたちには関係ない話だ。」
「まだ、認めぬと言うのか?」
「何度言ったって無駄だ。おれたちは、あかねなんていう女は知らねぇ。」
「そう威勢良くしていられるのも今のうちだ。
 貴様らのアジトは、すでに別の兵が行ってしらみつぶしに調べている。
 隠し立てしていても、すぐに探し出してくれよう。」

 こんなこともあろうかと、アジトの方にはちゃんと手回しをしていた。
今頃はわざと残してきた手下どもが、体よく扱っている頃だろう。

 何のために、危険なことは承知の上であかねをここに連れて来たと思ってやがる。

「は。無駄なことを。わざわざご苦労なことだな。」
「なんだと・・・ん? 貴様の・・・抱いているのは女か?」
「ん・・・ああ。そうだが?」

 目の前にいるこの男、ただの木偶ではないらしい。

「おれの、女だが・・・まさか、こいつが、あかねとかいう王女だとか言い出すんじゃねぇだろうな?」
「一応、確認させてもらおうか・・・。」

 男がこっちに近づいてくる。
気配を感じ、あかねの身体が震え出した。
安心させたくて、抱いた腕に力を込めるけど、あかねはしっかりとしがみつき、肩を震わせている。

 あかねを脅かす存在・・・すべてが憎たらしく思えて仕方ない。

 ・・・さて、どうする?

 この男が、あかねを見た瞬間に馬を蹴り、そのまま何処かへ逃れるか・・・。
それとも、ここで一戦交え、決着をつけるか・・・。

 決断を迫られながらも、悩む思考に対して、低く重く・・・どこかいやらしげな声が聞こえてきた。

「待て。そのような、卑しい身なりの女が、王女であるわけがなかろう。」
「伯爵様。」

 どうやら、馬車に乗った伯爵らしい。
姿を現すことも、馬車から顔すら出すこともなく、中から声だけが話を続けた。

「このような者たちに構っている暇などない。早くあかね王女を探すのだ。
 王女が手に入らねば、今までの苦労すべてが水の泡。
 何故に、下げたくもない頭を垂れてきたと思っておる。
 王家にさえ入れば、今まで散々私を馬鹿にしてきた侯爵たちを見返してやれるのだ。
 構うな。さっさと行け。」
「はっ! 者ども、行くぞ。」

 馬車共々、おれたちの横を通り過ぎていった。

 本当のところ、ほっとした。

 あかねのこと、ばれなくて・・・本当によかった。
無駄な戦いをする気などなかったし。

 しばらくして、しんとした静寂に戻る。

 まだ肩に力が入っているあかねの様子が、いとおしく、そして切ない・・・そんな複雑な気持ちが駆け巡っていく。

「もう、大丈夫。」

 頭を何度も撫でる。

「アジトにいる、みんなは大丈夫なの?」

 ・・・まいったな。

 自分がこんなに怖い目に遭っているにも関わらず、
どこまでも他者を気遣うあかねの様子に、素直に締め付けられていく胸・・・その苦しさが心地いい。

「ああ。それは心配いらない。」
「本当?」
「これまで何度だって、こんな修羅場を潜り抜けてきてるんだ。」

 そう言うと、あかねがようやく顔を上げた。
怯えの消えた瞳が目に入り、安心する。

「さてと、行くぞ。」

 大きな声で手下どもに合図をし、馬を走らせた。









 仕事先に選んだのは、あかねの結婚相手であった伯爵の屋敷。
どうしても、ここで手に入れたい物があった。
幸いなことに、あかね捜索に躍起になっている屋敷内はもぬけの殻同然。
警備兵もまばらで簡単に裏庭の方に潜り込めた。

「わたしも、行くの?」
「当たり前だろ。あかねをここに残していける訳ねぇさ。」
「でも、わたし、足手まといになると思う。」
「そうかな。」
「そうよ。」
「でも、あかねはさ、城からロープ使って脱出したりしてたんだろ?」
「え・・・。」
「それに、あかねと離れて仕事する方が、よっぽど気になって仕事にならねぇよ。」
「でも・・・。」
「嫌か? 泥棒みたいなことするの。」
「ううん、そうじゃない。・・・怖いから。」
「大丈夫。おれがいる。」
「・・・・・・。」

 嫌がってる訳じゃないってことが、あかねの顔つきから見て取れた。
ただ、場所が場所なだけに、恐怖心が拭えるわけがないだろう。
だけど、もしおれがいない間に、ここに伯爵が戻って来て、あかねと出会ってしまったら・・・
たとえ出来なくとも、おれは最後の最後まであかねを守りたい。
おれの目の届かぬ所で、あかねに危機が迫ることだけは避けたかった。

 不安げなあかねの身体を抱きかかえ、屋敷の塀を走り、面していた部屋の窓から中へと入りこむ。

「どうやら・・・伯爵さんの自室みたいだな。」

 下調べはしていたが、実際にここに来たのは初めてだった。
出来るだけ素早い行動が必要とされているだけに、自分の勘に感謝する。

 あかねの身体を降ろし、部屋の中を物色していく。

「確かに金持ちではあるようだけど・・・ん?」

 机に広げられた書類を手にとり、一通り目を通した。

「これ・・・。」

 間違いない。
おれが捜し求め、手に入れたかった、一枚の証文。
これさえあれば・・・・・・。

「なんなの?」

 あかねが覗き込んできた。
慌てて・・・だけど、そうは見えないように、さり気なく遮る。

「いや、見るな。」
「どうして?」
「いいから・・・それより・・・そこいらへんになんか金目のもんがねぇか探してくれ。」

 書類を懐に入れながら、あかねを促すように、目の前にある机の引き出しを開けた。

「わかった。」

 あかねはそう返事をすると、恐る恐る部屋の中を歩き回る。
おれはその間に、もうひとつ、どうしても手に入れなければならない物を探した。

 ・・・が、見当たらない。

 あれを隠すんだったら、この辺だと思うんだけどな・・・。

 引っ掻き回した引き出しの中を、今一度、あさってみる。

「ちっ、ろくなもんねぇな。」

 半ば諦め気味に呟いたおれの後ろで、あかねが口を開いた。

「乱馬、これは?」

 差し出された手の中にあったのは、藍色をした、あかねの小さな掌にちょうど収まるくらいの箱。

 ひょっとしたら・・・。

「ん? なんだろな?」
「開けてみるね。」

 ゆっくりと開かれた、その中には指輪がふたつ並んでいた。

 やっぱり!

 捜し求めていた物は、これだった。

「どうやら、今日のための・・・。」
「うん・・・。」

 あかねの返事にこころなし元気のなさを感じる。

 そうだよな・・・本来なら、このうちの片方が契りの証として、自分の指にあるはずだったのだから。
だが、見つけた書類と、この指輪があれば・・・・・・。

 箱から指輪を抜き取り、胸の内ポケットに入れた。

「よく見つけたな。」
「えへへ。」
「そろそろ、宝物庫に忍び入った手下どもの仕事も済んだころだろう。さ、おれたちも戻ろう。」
「え・・・うん。」

 あかねの身体を、抱きかかえ、入ってきた窓から外に出た。


 欲しかったものは手に入った。
後は、あかねをこの国から出るまでの間、守りきれればいいだけだ。
この国を、ふたりで無事に出れたなら、その時に、本当の意味であかねを自由にすることが出来るだろう。
もう少し、あとほんの少しだけ・・・せきたてられていく気持ちを落ち着かせ、
元いた場所に戻ったおれは、あかねを馬に乗せる。

 思ったとおり、手下たちが盗んできた宝を荷馬車に積んでいた。
少しでも早く、この場から逃れたくて、手を貸す。

 時折、馬の上から投げかけられている、あかねの視線を感じたが、わざと気付かぬふりをして、作業を続けた。

 あかねが思っていることは、多分、あの伯爵の部屋から盗んだ書類はなんなのか。
どうして婚約指輪を盗ってきたのか。
それに、部屋にあった、他の金品を盗まなかったのは何故か・・・ということだろう。
おれだって、こんな行動されたら不自然に思うんだろうが、今はまだ説明するわけにはいかない。
第一、あかねの気持ちを・・・おれはまだ手に入れていない。
ほんの少しだけ、その上辺の方に触れることだ出来ただけだ。

 ちゃんと、事を済ませ、そうして落ち着いたら、あかねにちゃんと話そう。

 そう、決めた。


「疲れたのか?」

 荷物を積み終え、あかねの元に戻る。

「えっ。あ・・・うん。少し、疲れちゃった。」

 まどろんだ瞳。
・・・慣れないこと、させちゃったし・・・それに、やっぱり場所が場所だもんな。
あかねにとって、あまり近づきたくない場所であることは、今でも確かだろうし。

「ごめんな。」

 馬に乗り、あかねをしっかり抱いた。
そうすることによって、気持ちが通じるような気がしたから。

「そんな謝らないで。今までこんな夜遅くまで起きてたことなかったから。」
「眠かったら、眠っていいからな。」
「うん。ありがとう。」

 そう言って、抱きついてきた身体は、少しだけど、やっぱり・・・震えていた。

「・・・・・・。」

 胸に顔を埋めているから、表情はうかがえないが、多分、瞳は閉じられていることだろう。
あかねを抱いた手に力を入れ、静かに馬を走らせはじめた。





                                  =つづく=




呟 事
そんなこんなで表面化。
面倒くさがり屋でごめんです。
しかも、進んでるんだか、いないんだかな続きで・・・。
まだまだ、もちっと続いていきますが、
よろしかったら程度にお付き合いくだされば幸いです。
本当に。          *ひょう*

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