ちいさい自由 第三章 あかね的観点 空腹が満たされたら、途端に眠くなる。 乱馬はわたしの眠そうな様子に気付き、すぐに声をかけてくれた。 「おれ以外、ここには来ないから、安心して寝な。そこのベッド、自由に使っていいから。」 乱馬は食器を持ち、外に出ようとしている。 「え・・・ここ、乱馬の部屋なんでしょ?」 「そうだけど?」 「わたしは、さっきいた部屋でいい。」 「それは駄目だ。」 「・・・どうして、わたしだけ? 連れてこられたみんなは、あの部屋にいたわ。」 「・・・ゆっくり、休むんだぞ。」 ちゃんとした返事は聞けないまま、乱馬は部屋を出ていった。 「ありがとう。」 姿はないけど・・・扉に向かって、ひとことお礼を言い、 きれいに整った、わたしには大きすぎるくらいのベッドに、身体を預ける。 目を閉じたら、そのまま、あっという間に眠りに落ちた。 目が覚めた頃、もう日は傾きかけていた。 昨日眠った時は、すでに夜は明けていたのもあるけど、こんなに長く、安心して眠ったのはすごく久しぶりで気持ちがいい。 大きく伸びをしながらベッドを出たら、ソファーに乱馬が座っていて・・・真剣に書類のような物を読んでいた。 わたしの気配を感じて、顔を上げる。 「あ、起きたの? おはよう。」 「うん・・・。」 もうすぐ夜がくるのに、おはよう って言うのはちょっとおかしい気がして、言うのをやめる。 「よく眠れた?」 「うん。」 「お腹は?」 寝ていただけなのに・・・空いてるみたい。 「・・・少し。」 「そう。じゃあ、用意するから。」 「あ、わたし、自分で。」 「・・・やってみる?」 「うん。」 「それじゃあ、その格好だと動きにくいだろうから、これに着替えな。」 乱馬は一着の服をわたしの目の前に差し出した。 受け取って、奥に行き、それに着替える。 「変じゃない?」 今まで着た事もなかった作りの服。 オリエンタルな雰囲気が漂っていて、どこか不思議な印象。 着ていると、安心というか落ち着くっていうか・・・。 どうしてかなって思ったら、乱馬の着ている服と色違いってことに気づく。 「よく、似合ってる。」 「これ・・・。」 お揃いだから・・・乱馬が近くにいてくれてるみたいに思えるから。 だから、これ着た時の、ほっとした気持ち、納得できた。 「急いで作らせたわりに・・・。」 まじまじっと乱馬に見られて、ちょっと恥ずかしい。 「身体にもちゃんと合ってるみたいだな。」 「うん。」 「苦しいとことか、ないか?」 「大丈夫。」 「そうか。よかった。あ・・・。」 乱馬は、机の上に無造作に置いていた、赤紫色の花があしらわれた小さな髪飾りを持ってきて、 わたしの髪にそれを留めてくれた。 「これで、よしっと。」 「ありがとう。」 目の前の穏やかな表情に、安心した。 似合ってないってことではないみたいだったから。 「食堂、わかるな?」 「うん。行ってくる。」 「あんまりうろうろすんなよ。めし、もらったら、それ持ってここにすぐ戻ってくるんだぞ。」 「わかった。」 わたしは、部屋の外に出て、食堂に向かうことにした。 階段を降りたところに、手下の男と、昨日会ったどこかの国の王女が一緒にいた。 「あ・・・昨日の。」 わたしが声をかけると、二人は幸せそうに微笑む。 「昨日は威かすようなこと、言ってごめんなさいね。あれ、嘘なの。」 「え?」 「最初は連れてこられて怖かったけど・・・今は、この人と。」 「そうなんだ。」 「みんな、それぞれ、ちゃんと好き合う人がいるんだけど、誰か新しくさらわれてくる度に、 わざとあんなことして、威かしてるの。」 からからと明るく笑う、その声に、すごく安心した。 乱馬を慕い従う手下に悪い人などいない・・・それを知って、嬉しい気持ちになる。 「あなただけ、部屋から連れ出されて戻ってこないから、みんな心配してたけど、さっき、この人から聞いたわ。 お頭、直々なんですってね。」 「うん。」 「安心したわ・・・あっ、あなた、どこか行くんじゃないの?」 「・・・あ。」 「急いだ方がいいぜ? お頭、短気だからな。」 「そうなんだ。それじゃ、またね。」 「うん、またね。」 そうだった。ごはん、急がなきゃ・・・・・・乱馬って、短気なんだ。 でも、なんとなくそんな気がしてたかも。 またひとつ、知った乱馬の性格。 嬉しくて、口元が綻ぶのを感じながら、わたしは急ぎ足で階段を駆け降りた。 食堂には、数人の女の人がいて、中で調理していた。 「あの、すみませんが、食事を下さい。」 「・・・・・・。」 鋭い目つきで睨まれ、わたしはその場に立ち竦む。 だけどそれは、ひとりだけではなく、わたしを見るその視線に、ぴりぴりとしたものを感じた。 ちらちらとこっちを見ては、何か話しているのがわかる。 ・・・すごく嫌な気分。 「出来たわよ。」 「あ、ありがとう。」 食事の乗せられたお盆を差し出された。 手を伸ばしそれを受け取って、こっちに引き寄せようとするけど、手を離してはくれない。 「あ、あの・・・手を・・・。」 急ぎたい気持ちもあって、少し力を入れて引っ張ると、持っていた女の人の身体が前に倒れこんだ。 「ごめんなさいっ、大丈夫?」 「・・・あんたさぁ、頭と一緒にいるからって、いい気になるんじゃないよ。」 「え?」 戸惑っていたら、周りで様子を窺っていた他の女たちが、倒れた女の人の身体を起こす。 そして、こちら側にやって来て、ぐるりとわたしを囲んだ。 「王女だか、なんだか知らないけどさ、好き放題してくれちゃって。」 「な・・・なにが?」 「しらばっくれるんじゃないよ。あんた、お頭と一緒に夜を過ごしたんだろう?」 「え。」 どうなんだろう? 目が覚めたら、乱馬は部屋にいたけど・・・わたしが眠った後、乱馬がどこにいたのかなんて、知らないし。 「まさか、頭のベッドで・・・。」 「眠ったけど・・・。」 だけど、一緒にってことじゃないって、そう言おうとするけど、喉に詰まって声が出ない。 「・・・あのさぁ、あたしたちは頭に惚れて、ここにいるわけなのよ。」 「あんたみたいに、抜け駆けじみたこと、されたら困るわけ。」 「ここにいる女、みんな頭を狙ってるのよ。」 「それをさ、あんたみたいな、たいして色気もないような女に、 いきなり横から割り込まれたんじゃ、納得いかないのよ。」 「・・・・・・。」 「いいわね? あんまり調子に乗ってると、痛い目見ることになるんだから。」 「まだ勝手がわかんないようだから、親切に教えてあげてるの。」 「あたしたちが、優しくしてあげてるうちに、とっとと、ここから立ち去るか。」 「頭の元を離れるのね。」 「わかった?」 威圧的な女たちの目。 「・・・・・・出来る、限りは。」 それが精一杯の返事だった。 「まぁいいわ。そのうち頭も飽きるでしょうから。」 「そうよね。こんな女、もっても三日が限界でしょ。」 高笑いしながら去っていく女たち。 言われたことに傷ついたんじゃなくて、皆が乱馬を好きだという気持ちが、深く胸を突き刺した。 乱馬は、皆の気持ち、知ってるのかしら? もし、わたしが皆と同じ立場だったら? やっぱりやきもち、やいてしまうかも・・・。 わたしのしてることって、すごくずるいことなのよね、きっと。 乱馬のこと、独り占めしてるってことなんだと思う。 でも、乱馬がわたしのことどう思ってるかなんて、わかんない。 どうして、わたしだけ、部屋においてくれるのかだって・・・。 食堂を出ていこうとした時、勢いよく乱馬が入ってきた。 「・・・遅ぇぞ。」 「ご、ごめん。」 怒ってるように感じる声と、乱馬の話をしていたこともあって、躊躇ってしまう。 「なにやってたんだよ?」 「うん。ちょっと。」 乱馬はわたしの手のお盆を取り上げた。 「あ、いいよ。自分で。」 「あかねの歩みに合わせてたら、夜が明けちまう。」 そう言って、手を握られる。 「乱馬。」 「・・・ったく、おれがいなきゃ駄目だな。」 ぎゅっと握られた手は暖かい。 だけど、背中に冷たい視線。 乱馬を取り巻く女たち・・・遠目でだけど、鋭くきつい視線。 さっき、約束したばかりなのに・・・。 だけど、わたしは乱馬がつないでくれる手をほどきたくなんかない。 痛い目に遭ったっていい。 それで、乱馬の側にいられるのなら。 部屋に戻って、食事を済ませた頃、乱馬は出掛ける支度を始めた。 「出掛けるの?」 「ああ。仕事だ。」 「・・・・・・。」 複雑な気持ち。 乱馬が盗みに入った先で、別の子を乱馬が連れ出したら、わたしはどうなるんだろう。 乱馬を取り巻いている女たちの話が耳に残って、ひどく胸を締め上げていく。 「・・・いってらっしゃい、どうか気をつけて。」 「あかねも、一緒に来るんだ。」 「え?」 「一緒に行くからな。」 「でも、わたし・・・。」 足手まといになるんじゃないかなって、心配になる。 「大丈夫。あかねはおれが守るから・・・。」 乱馬は何か小さな声で呟いたみたいだったけど、わたしには聞こえなかった。 「さ、ついておいで。」 「うん・・・。」 少しの不安と、乱馬と一緒にいれる絶対的な安心感が混じる感情に戸惑いながらも、一緒に馬に飛び乗った。 乱馬を見るように前に座らされ、腰に腕を回される。 「揺れるから、しっかり捕まってろよ。」 「わかった。」 「馬を走らせてる間は、口、聞くな。舌、噛むからな。」 「うん。」 わたしは乱馬の胸に顔を埋めるようにして、抱きついた。 そうして、たくさんの手下を率いて、馬は目的地へと向かい走り出した。 =つづく= 呟 事 ちょっとは進んだ気がしなくもない第三章。 明らかに・・・今までの最長を行くと思われます。 続きが出来ましたら、ここに小話を書きますので、 続きが見たい方は、ここの隠し場所を覚えていてくださると 嬉しく思います。 *ひょう* て、これを書き直すという行為自体がさむいので・・・これはあえてそのままです。