ちいさい自由   第五章     乱馬的観点





 その後も何度か伯爵の仕向けていた、兵士たちに呼び止められたりもしたが、
あかねも盗んできた物も見つかることなく、どうにか無事にアジトに戻ってきた。
馬を止め、抱きしめていたあかねの身体を少し離し、顔を覗き込む。

 その瞳は閉じられたまま、小さい寝息が聞こえた。

 よく眠っている様子に、安心すると共に、起こしてはならないと思い、身体を抱きかかえる。
そうして、ひょいっと馬から静かに降り立った。

 その様子をアジトに残っていた、手下の一人が確認した後、こちらに駆け寄ってくる。
状況はその表情から容易に読み取れた。

「上手くいったようだな?」
「へい。残った者で、例の伯爵たち、上手くあしらいました。」

 その言葉に、一緒に連れ立った手下どもが歓喜の声をあげる。

「被害は?」
「全く。それどころか、連れてきた他の王女や盗品には全く目もくれずでありました。」

 やはりか・・・よみどおりの展開。

「・・・あっちも必死ということか。」

 腕の中の大事な存在をまじまじと見つめた。

「よくお休みのようですな。」
「ん? ああ。初仕事だったから、よっぽど疲れたんだろう。おれも今日はもう休む。」
「これからしばらく、見張りの数を増やしておきます。ゆっくりと休んでください。」
「すまないな。頼んだぞ。」
「へい。」

 どんなに見張りを増やしても、どこかで、自分たちの行動が逆に監視されているに違いない。
あかねがここにいることが知られてしまうのは、多分時間の問題だろう。
伯爵の家に堂々と盗みに入ったのだから。
だけど、あえて目立つ宝物庫の物を盗ませたのは、
そこに目がいけば、部屋に隠していた書類や指輪が盗まれていることに気付くまで、
しばらく時間が稼げると踏んだから。
この国を発つまでの、ほんの少しだけでいい。時間が手に入ればどうにかなる。

 明日、朝にはここを旅立つ準備を始めることにしよう。
手下どもも、うすうすは勘付いているようだから、支度は早くできるだろう。
手早く準備が整えば、夜にでも。遅くとも、明後日早朝にはここを発てるはず。
そして、この国から逃げ切って・・・・・・。

 静かに眠る、あかねをベッドに寝かせた。
穏やかな表情を見ていると、不思議と上手く行く気がしてくる。
それでもすぐに沸き起こる不安を拭い去りたくて、髪を撫でた。

「・・・絶対に渡すもんか。絶対に。」

 自分に言い聞かせるように、何度も呟く。

 こんなになにかを守りたいって、そんな気持ちになったことなどなかった。
こんなに必死になる自分は、おかしいんじゃないかって、そう思えてくる。
まかり間違えれば、命を落としてしまうかもしれない。
そうなったら、ここにいる大勢の手下どもはどうなる?
たったひとりの、この王女のために、おれは命すら投げ出すというのか?
すべてのものと引き換えにしても、たったひとつの存在を守ると?

 出来るのか? このおれに。

 拭えない不安を胸に、ゆっくりと目を閉じた。






 がさっ。


 ん?

 耳元の不自然な音で目が覚めた。

 ゆっくりとまばたきをし、目に映る視界を安定させる。

 ・・・あかね?

 後ろ姿。視線を移していった先・・・・・・。


 「何を・・・してる?」
 「え。」

 唐突に話し掛けた、その声に驚いたのか、びくっと肩を震わせ、こちらに振り返る。
手には、書類。
慌てて飛び起き、奪い去る。

「見るなって言っただろ!」
「ご、ごめんなさい・・・。」

 身体を固めたまま、謝る声は、とても小さかった。
怯えさせてしまったのだろうか・・・怖がらせてしまったのだろうか・・・。
俯いて窺えない表情に不安は募る。
それに、見られてはまずい、書類がそこにあるのは確か。
万が一、あかねの目に留まってしまったら・・・それだけは避けたかった。

「何を見た?」
「な、何も見てないっ。」

 明らかに動揺している言い方。

 やはり、見られてしまったのだろうか?

「本当のこと、言ってくれ。」
「・・・怒らない?」
「ああ。」

 そう返事したおれをあかねは信じてくれたのか、話してくれた。

「伯爵が・・・私と結婚したがっているのは、身分が欲しいからっていうこと。」
「・・・で?」

 その先が知りたい。

「・・・それだけよ。」
「他は?」
「見てない。」
「本当だな?」
「うん。」

 真っ直ぐな瞳が嘘を言っているとも思えないし、あまりにも追求するとかえって怪しみ、
興味を持つかもしれないから・・・おれは信用することにした。

「急に怒鳴りつけたりして・・・ごめん。」
「ううん・・・私こそ、勝手なことしてごめんなさい。」
「・・・ここの掟とか、秘密とかあるから・・・そういうの見られると困るんだ。」

 適当な口実。
本当は違うけど、これ以上あかねがこの書類に興味を持つと困る。

「うん、わかってる・・・ごめんなさい。」
「もう、いいから。」
「・・・ごめんなさい。」
「・・・・・・。」

 やっぱり・・・あかねを傷つけてしまった。
何度も謝る声が胸を突く。

 あかねのせいなんかじゃない。
無造作に、散らかしたままにしていた、おれが悪い。
自分の行動の浅はかさが招いたこと。

 これ以上、あかねを見ていたら真実を話してしまいそう・・・そんな自分に気付き、そっと背を向けた。
こんなことで、喧嘩なんかしたくない。
だけど、真実を話せば・・・もっとあかねを傷つけてしまうことになる。
知らない方がいいことだってあるんだ。


 ゆっくりと振り向いた時、あかねはいなかった。

「あかね?」

 部屋の奥にはいない様子。ふと見た出入り口の扉が少しだけ開いていた。
後を追おうかと思ったが、しばらくひとりになって気持ちを落ち着けた方がいいのかもしれない。
そう考えたおれは、急いで散らかった机の上の書類を片付けはじめた。


 これが目に入らなくてよかった。

 それは昨日、伯爵の家から盗み出した証文。
あかねの両親である、王と王妃があかねを伯爵に・・・極端に言うと売る・・・そんな内容だった。
あかねと結婚し、伯爵が王位継承者になるということ。
その代わり、伯爵の持つすべての財産をこの国の物とし、共有すること。

 これをあかねに見られるわけにはいかなかった。
王と王妃が、あかねの未来を勝手に見知らぬ男に渡したという事実を。
伯爵のことはさておき、実の親が子の人生を選んでいたということを。

 あかねがこのことを知ってしまったら・・・悲しむ姿を、
とてもじゃないが見たくもなかったし、想像すらしたくなかった。
このことに比べれば、今、おれがあかねを傷つけたかもしれない、
この状況は話にならないくらい、どうだっていいことだった。
少なくとも、おれにとっては。



 しばらくしたら、あかねは部屋に戻ってきた・・・が、俯いたまま。
元気のない様子が気にかかる。

「・・・おかえり。」

 一瞬だけ顔を上げ、こっちを見たが、すぐにまた俯いてしまった。

「どうかしたのか?」
「ううん。何でもない。」
「そうか?」

 顔を覗き込んでも、目を合わせようとしない・・・。

 さっきからのこと、やっぱり気にしてるのだろうか。

「・・・今日は仕事行かないの?」
「ん・・・ああ。明日にでも、この国を発とうと思ってる。」
「え。」
「予想以上に、伯爵の追っ手がしつこくてな。もう、この国では動けそうもない。」
「・・・わたしのせい?」
「それは違う。」
「・・・・・・。」

 急によそよそしくなったような・・・そんな風に感じる。
様子が明らかにおかしい。

「あかね?」
「城には?」
「え?」
「城に、わたしの身代金、要求しないの?」
「急に何言い出すんだ?」
「わたしの身分が通用するこの国で、利用できるだけ利用してくれて構わない。
 そのために、わたしを連れ出したんでしょ? お金のためなんでしょ?
 だったら、使えばいいじゃない。わたしを売ればいいじゃない。」

 ようやく見せてくれた顔。
嬉しいはずなのに・・・こんな表情のあかねを見たくないと、正直、思った。
これまで、やってきたことすべてが・・・あかねに全く伝わっていなかった。
わかってくれてると思ってきただけに、悔しさが込上げてくる。

「・・・そんな風に思ってたのか?」
「・・・・・・。」
「おれが、あかねを連れ出したこと、そんな気持ちで連れ出したって、そう思ってたんだな。」
「そうよ。そうじゃなきゃ、わたしのこと、連れ出したりなんかしない。」
「・・・あかねがそう思ってるのなら、そう思ってればいいさ。」

 あかねは、おれの何を見てたんだろう。
どういう気持ちで、あかねを城から連れ出したか、わかってくれてないのか・・・。
だったら、どうして、おれに命を捧げるなんて言った?
あの言葉は、城から脱出するためだけの、ただそれだけのための言葉だったと言うのか?
・・・・・・結局、誰だってよかったって、そういうことか。
連れ出してくれるのなら。誰だって。

 一瞬驚いた表情を浮かべたあかねだったが、すぐにまた、きつい表情に変わる。

「それじゃ、伯爵と同じじゃない。」
「・・・・・・。」

 反論はしなかった。
そうかもしれないなって思ったから。
利用しようとはしてなかったが、あかねから自由を奪ったという点で、同じだと思ったから。

 ・・・おれこそ、あかねの何を見てたんだろう。
おれのやったことすべては、あかねにとっては迷惑なことで、邪魔なことで、
自由どころか、かえって束縛していたに違いないから。

 王女の目に映るおれは、ただの こそ泥 だった。
それ以上でもそれ以下でもない。
ただの・・・。




                                 =つづく=




呟 事
・・・どうなんだろうね、本当にさ。自分。
書いてると楽しいのは事実なんだけど。
交錯してくふたりの気持ちを書くのは楽しい。
楽しいだけでやってていいのか? 自問自答を繰り返し繰り返し。

だーもう、はっきりしろよー・・・って言いたいのは山々なんでしょうが、
こういうのが、私の中での乱馬くんとあかねちゃん・・・なのでした。
まだまだうじうじ続きます・・・。     ひょう

 >>>ええい、最終章まで見てやらぁ!            >>>もういいです。