ちいさい自由   第五章     あかね的観点





 馬が止まったことには気付いていたけど、目を瞑ったまま、寝たふりをしていた。

 乱馬はわたしを優しく抱きかかえ、そっと馬を飛び降りる。

「上手くいったようだな?」
「へい。残った者で、例の伯爵たち、上手くあしらいました。」
「被害は?」
「全く。それどころか、連れてきた他の王女や盗品には全く目もくれずでありました。」
「・・・あっちも必死ということか。」

 掴まれてる腕が痛いくらい・・・乱馬の力が強くなったのを感じた。

「よくお休みのようですな。」
「ん? ああ。初仕事だったから、よっぽど疲れたんだろう。おれも今日はもう休む。」
「これからしばらく、見張りの数を増やしておきます。ゆっくりと休んでください。」
「すまないな。頼んだぞ。」
「へい。」

 そのまま乱馬は部屋に戻り、わたしの身体をベッドに横たえた。髪を何度も何度も撫で付ける。

「・・・絶対に渡すもんか。絶対に。」

 強い意志に支えられた言葉は、静かに部屋の中に響き、そして闇に吸い込まれていった。
そう感じたわたしは、再び幸せな眠りについた。
乱馬に守られていることを、その身とこころに感じながら。




 翌朝、わたしはまだ日が昇らないうちに目が覚めた。
明け始めた夜に白んだ空と、部屋を包む冷たいけど清々しい空気。
今日も無事、何事もなく過ぎますようにと、祈りを捧げる。

「・・・乱馬?」

 起きていくと、わたしがいるばっかりにベッドを使えない乱馬がソファーに寝そべっていて、
すごく申し訳ないって、気持ちになった。
わたしの方が小さいし、それに、何をするわけでもない。
皆を率いる頭として、疲れを取ってもらいたいし、これが原因で失敗しないとも限らないし。
でも、乱馬は・・・わたしがそう言ったところで、やり方変えたりしないのだろうけど。

 そう思いながら、ソファーに横たわってる乱馬を見つめる。
気持ちよさそうな寝息をたて、ぐっすりと眠っている様子で・・・ちょっとだけど安心した。
視線を部屋に移していけば、机の上には書類が無造作に積まれている。

 どうせ見たってわかりはしないけど・・・。

 一番近くにある紙切れを手にとり、読んでみた。
そこには、結婚相手だった伯爵のことが、かなりこと細かに記してあった。
わたしも知らなかった事実を目の当たりにして、少し戸惑う。

 身分を得る為・・・そのために、わたしを利用しようとしてたの?
確かに昨日の夜、出会ったときの話し振りから容易に推測はできていたけど。
いくら愛のない結婚と割り切っていたとしても・・・やっぱり、胸は痛んだ。
そんなもののために、これまでわたしは生きてきたと、そう言われているようだったから。



「何を・・・してる?」
「え。」

 紙切れを手に取っているわたしを見た途端、乱馬は険しい表情になり、
素早く寝ていた身体を起こし、立ち上がった。

「見るなって言っただろ!」

 ばっと、手にしていた紙をむしり取るように奪われた。

「ご、ごめんなさい・・・。」

 いきなり怒鳴られて、驚いたというよりも、
むしろ、乱馬を怒らせてしまったという事実が、わたしの胸を抉る。

「何を見た?」
「な、何も見てないっ。」
「本当のこと、言ってくれ。」
「・・・怒らない?」
「ああ。」

 乱馬の顔を見る。
表情は険しいままだったけど、わたしを映してくれる瞳は、普段通り優しく輝いていた。

「伯爵が・・・私と結婚したがっているのは、身分が欲しいからっていうこと。」
「・・・それで?」
「・・・それだけよ。」
「他は?」
「見てない。」
「本当だな?」
「うん。」

 乱馬は安心した表情になる。

「急に怒鳴りつけたりして・・・ごめん。」
「ううん・・・私こそ、勝手なことしてごめんなさい。」
「・・・ここの掟とか、秘密とかあるから・・・そういうの見られると困るんだ。」
「うん、わかってる。」

 そうだよね。わたしは・・・ここの人間じゃない。
でも、それは、わたしがまだ乱馬に受け入れられてないっていうことなんだなって、
そう思えて悲しくなった。
出来ることなら、乱馬と永遠といえる時間を過ごしたいって思っていたから。
乱馬も同じ気持ちでいてくれてたらいいのにって・・・。

 身勝手な願いを、乱馬に強要していた。
なんて我儘だったんだろうって、自分自身が許せなかった。

「・・・ごめんなさい。」

 乱馬に甘えてしまっていた、わたしを許してほしかった。

「もう、いいから。」
「・・・ごめんなさい。」
「・・・・・・。」

 重い空気を肩に感じて、息が詰まりそう・・・。

 乱馬は背中を向けて立ち尽くしたまま、何も言わない。
窺い知れない表情は・・・きっと険しいに違いなかった。

 わたしは・・・居た堪れなくて、そっと部屋を出た。





 廊下を歩き、階段を降りたところに、いつも食堂にいる女たちが数人、集まっていた。

 ・・・また・・・何か言われるのかしら・・・。

 びくびくしながら、通り過ぎようとするわたしを・・・女のひとりが呼び止めた。

「あら? あんた、頭んとこに、今のところいる王女ね?」
「・・・そうだけど。」

 ・・・いつもどおりの、刺のある言い方。
今度は何を言われるんだろう・・・。
乱馬のこと、独り占めみたくしてるからよね、きっと。
でも、わたしだって、逆の立場だったら、やっぱり意地悪してるかも。
乱馬がわたし以外の女の人と親しげに話してるの見たら・・・想像すらしたくなかった。

 そうよね、今は、あんなに優しくしてくれてるけど、いずれは・・・・・・。

 だんだん、不安な気持ちに駆られてくる想いを、振り払う。

 大丈夫。乱馬は、わたしのこと、簡単に見捨てたりなんかしない。

 だけど、さっきの乱馬の様子が・・・やっぱり気になってしかたなかった。


「ねぇ、あんたさ、なんで頭と同じ格好させられてるか、教えてやろうか?」
「え・・・。」

 いきなりふられた話題に少し戸惑ったけど・・・乱馬の気持ち、少しでも知りたかった。
わたしは、同じだと嬉しいから・・・だけど、乱馬が同じ気持ちかどうかなんてわからない。

「いざというときのためよ。」
「どういう、意味?」
「だから、追っ手に捕まりそうになった時なんかに、あんたを自分の身代わりにするためよ。」
「・・・・・・。」
「まさか、頭が、あんたと一緒がいいなんて思ってるとか考えてたんじゃないでしょうね。」
「・・・・・・。」
「今までそうやって、何度も修羅場を潜り抜けて来たの。
 あんたも、いつかそういう目に遭うことになるんだから、覚悟するのね。」
「それが嫌なら、さっさとここから出て行きなさい。」
「身のためよ。」
「・・・・・・。」

 乱馬が? そのために昨日わたしを連れていったの?
いざとなったら、わたしを伯爵に引き渡して、許してもらうため?

「それにさ、はっきり教えておいてあげるけど、頭があんたを身近におくのは金のためなのよ。」
「あんた、この国の王女なんですってね。」
「ええ。」
「まだ頭は、あんたの城に金の要求してないんでしょ?」
「城に?」

 そんなこと、してる素振なかったと思うけど・・・。

「これもいつものことだけど、城に身代金として財産を要求するのに、
 あんたの口添えがあったら、巻き上げやすいでしょ?」
「だから、連れて来た王女に優しくするのよ。」
「乱馬は、そんな人じゃない。」

 わたしは強く否定した。
だけど、そうすることで、湧き出てきた猜疑心を消し去れるように思ったのも事実。
乱馬を疑いはじめていた自分を止めたかった。

「あんたは頭のこと、何にも知らないから。」
「あたしたちは、そんなあんたが不憫だからこそ、わざわざ教えてあげてるのよ。」
「・・・・・・。」
「あんただけ特別だとか思ってるんだったら、そもそも大きな間違いね。」
「これがいつものやり方なんだから。」
「乱馬は・・・。」
「別に信じたくなかったら信じなくてもいいけど。」
「痛い目見るのはあんたな訳だし。」
「あたしたちは一応忠告してあげてるだけだからね。」
「・・・・・・。」
「せいぜい、気をつけるのね。」

 いつものこと・・・いつもの・・・この言葉が、わたしの胸に突き刺さっていく。



 しばらく、その辺りをうろうろしてみたけど、結局わたしの居場所はなくて、すぐに部屋に戻ってきてしまった。

「・・・おかえり。」

 その声は、痛いくらいに優しく聞こえた。
だけど、乱馬の顔をまともに見ることは・・・到底出来ない。

「どうかしたのか?」
「ううん。何でもない。」
「そうか?」

 不自然なわたしの態度に、乱馬は首を傾げる素振を見せる。
顔を見ずとも、変に思っていることなど、容易に推測出来た。

「・・・今日は仕事行かないの?」
「ん・・・ああ。明日にでも、この国を発とうと思ってる。」
「え。」
「予想以上に、伯爵の追っ手がしつこくてな。もう、この国では動けそうもない。」
「・・・わたしのせい?」
「それは違う。」
「・・・・・・。」

 乱馬はそう言ってくれたけど、間違いなく原因はわたしに違いなかった。

 知らず知らずの間に、乱馬の仕事の邪魔してる。
乱馬のこと、支えることも出来ないわたしに、側にいる資格なんかない。

「あかね?」

 意を決した。

「城には?」
「え?」
「城に、わたしの身代金、要求しないの?」
「急に、なに言い出すんだ?」
「・・・わたしの身分が通用するこの国で、利用できるだけ利用してくれて構わない。
 そのために、わたしを連れ出したんでしょ? お金のためなんでしょ?
 だったら、使えばいいじゃない。わたしを売ればいいじゃない。」

 言ってしまった。もう、戻れない。

「・・・そんな風に思ってたのか?」

 明らかに変化した声色。
さっきまでの優しい言い方と違い、それは・・・今までに聞いたことがない、低い声だった。

「おれが、あかねを連れ出したこと、そんな気持ちで連れ出したって、そう思ってたんだな。」
「そうよ。そうじゃなきゃ、わたしのこと、連れ出したりなんかしない。」
「・・・あかねがそう思ってるのなら、そう思ってればいいさ。」
「え・・・。」

 否定、しなかったから・・・やっぱりそうなんだって、思った。
そしたら、急にすべてが現実味をおびて、わたしのこころに入ってきた。

 乱馬がわたしを連れ出してくれたのも、優しかったのも、同じ服を着せてくれたのだって、
全部全部、お金のため。ただ、それだけのため。

 胸が張り裂けそう。

 わたし、いつの間にか、乱馬のこと・・・じゃなきゃ、こんなに傷つくはずがない。

「それじゃ、伯爵と同じじゃない。」

 わたしと結婚することで地位を得て、お金を得て、楽に生きていこうとしていた、あの伯爵と同じ。

  違うのは、わたしの気持ち。
伯爵にされても、傷つかなかったのに、
乱馬が同じようなことしてたってわかった途端、悲痛な叫びをあげた。

 最初は、誰でもよかったの。それが、本当の気持ちだった。
だけど、いつの間にか、乱馬じゃなきゃって。
乱馬と一緒じゃないと、自由を手に入れることなんか出来ないって、思うようになってた。

 引っ掻き回され、掻き乱された、わたしのこころ。知らないうちに盗まれていた。
でも、それももうおしまい。
乱馬の目に映ってるわたしは、わたしじゃない。






                                   =つづく=



呟 事
どんどん、なんだかなぁな展開に進んできて参りました。
果たして次回で完結か? それともまだだらだら続くのか・・・。
変な話、最後は出来てたりして・・・。
そういえば・・・この盗賊とお姫様の設定って、某ゲームから
頂いちゃってる訳なんですが、これ書いてると無性にやりたい衝動に駆られます。
て、関係ない話だな・・・相変わらず。     ひょう

 >>>読んでみますか、最終章                       >>>いっぱいいっぱいなのでやめる