王子とねこ 前編 長い間、平和に国を治めてきた王は、 自分の息子である王子にそろそろ王位を譲ろうと考えていた。 しかし、王子はまだ未熟者。 見た目は母親に似ていて、気品があり申し分ない。 それに、しっかりとした信念とそれを貫き通す強さもあり、 王となり、国を取り仕切っていくだけの度量はあると言える。 だが、一度こうと決めたら譲らぬ頑ななところがあったりと、悪い所もないとは言えない。 もっとも、欠点のない人間などいないし、 悪い所があるのだから、いい所が一層際立つというというものだ。 色々と考えているうちに、王はついこの前亡くなった后のことを思い出した。 わしだって、ちゃらんぽらんで後先考えず行動してしまうという、欠点がある。 だが、そういうわしを支えて助けてくれたのは、他ならぬ后。 后がいたから、この国はこんなに豊かで穏やかだったのではなかろうか。 となると、一国を治める王になるには、よい后を迎えなければならん。 「誰か、乱馬をここに。」 王は王子を部屋に呼び寄せることにした。 「急用って、一体なんだよ。」 「いいから、そこに座れ。」 ただならぬ雰囲気の父に、乱馬は戸惑いを隠せない様子で、静かに腰を降ろした。 「実はな・・・・・・。」 そうして、自分の考えを一通り伝える。 「・・・それでだ、一国の王になる おまえのことを支えてくれる、よい妃が必要だ。 母さんのように、優しく思いやりがあり、辛抱強くてよく気が利いて・・・それに、 美しくて上品で・・・まあ、なにしろ、おまえが想う、娘さんの所へ行って、 この麻糸の束を紡いで、より糸にしてもらって来い。それで、判断したいと思う。」 「・・・・・・。」 「どうした、乱馬よ。」 「言うことはそれだけか。」 「そうだな、期限は一週間にしよう。」 「・・・てめぇ、ふざけんなっ!」 「短いか? だったら、十日だ。それ以上は待てん。」 「そうじゃねぇっ!」 「だったら、何をそんなに怒っておるのだ?」 「なんで、おれが今すぐに結婚して、王位を継がにゃならねぇんだ?」 「王子だからだ。」 「そういうことじゃねぇ。そりゃあ、いつかはそういう日が来るってことくらい、解かってるさ。 だけど、どうして今なんだ? どうして今すぐじゃなきゃいけねぇんだ?」 「一年先だろうが、十年先だろうが、大して変わりはしないだろ。」 「そんなわけねぇだろっ!」 「一ヶ月後には旅に出ると決めてしまったし、すでに行く先に手紙を出した。」 「今すぐ、取り止めろ!」 「一国の王として、一度言い出したことは、何が何でも貫き通さねばならん。」 結局、王の方が上手で、乱馬は言いくるめられてしまったのだった。 「よいな、一週間後に、より糸にしたそれをもらってくるのだぞ。」 「ああ、わかったよ。」 約束はしたものの・・・実際、乱馬に、想う相手はいなかった。 言寄ってくる、貴族の令嬢たちはいくらでもいたが、 乱馬の興味をそそるような相手には、今まで出逢ったことがない。 受け取った麻糸の束を眺めながら、乱馬は困り果てていた。 だからといって、一週間後にこれをこのまま親父の前に持っていけば、がっかりするだろう。 おれにはなにも言いはしないが、おふくろに先立たれた親父は相当参っているに違いない。 だから、急におれに王位を譲ると言い出したんだ。 旅にだって、寂しさを紛らわす為に・・・。 なんとかしなきゃな。 そう思い、乱馬は片っ端から知ってる女たちに、麻糸の束を渡して回った。 「これを紡いでより糸にしてくれないか?」 「王子さまの頼みとあれば、喜んで。」 どの女も、乱馬がわざわざ自分のところへ来てくれたことを喜び、快く、糸の束を受け取った。 果たして、こんなことでいいんだろうか・・・。 ふっとよぎる疑問。 だからといって、立ち止まっている場合じゃない。 だけど・・・。 誰かがやった物が親父に気に入られたら、おれはそいつと結婚することになる。 それでいいのか? おれはそれでいいのか? 気がつくと、城から少し離れたところにある、森の中にいた。 昔の城の跡があり、崩れた城壁が残っている。 幼い頃、母親がよく連れてきてくれた場所だったここは、 あの頃と変わらず、ひっそりとして静かだった。 久しぶりに訪れた懐かしい場所が、乱馬の気持ちを不思議に落ち着けてくれる。 「どうかしたの?」 乗っていた馬を降りた時、小さな声が聞こえた。 「え?」 乱馬は驚き、周りを見渡したが、それらしい人影はない。 「誰だ?」 眼を凝らし、森の奥の方を見つめてみるが、やはり誰もいないようだ。 「空耳か・・・。」 「空耳なんかじゃないわ。」 「!!」 「どうして、あなたは、そんなに悲しい顔をしているの? そんな顔をしていては、亡くなったお母さまが悲しむわ。」 「え・・・母を知っているのか?」 「ええ。よく、ここに来て、色んなお話を聞かせてくれたの。 もちろん、あなたの・・・乱馬のことだって、知ってる。」 澄んだ優しい声に、乱馬は今まで感じたことのない、だけど心地よい、 不思議な感覚に包まれていた。 「もし、よかったらだけど、話、聞かせてくれる?」 「え・・・。」 「ずっと前にね、あなたのお母さまに頼まれたの。 もし、乱馬が苦しんだり悲しんだりする時は、助けてほしいって。 だから、わたし、力になりたい。」 「そうか・・・。」 声の主の姿は見えないけど、乱馬は自分が今置かれている状況を話した。 「だったら、わたしがその糸を紡ぐわ。」 「きみが?」 姿のない声だけの相手に、託していいのだろうか・・・そんな不安がよぎっていく。 「大丈夫。王さまの好みに合うように、ちゃんとより糸にするから。」 「・・・じゃあ、これを渡すから、きみの姿を見せてくれないか?」 「・・・・・・。」 「だめか?」 「ううん・・・わかったわ。」 しばらくして、がさがさと木の陰の草が揺れ、そこから、黒い影が出てきた。 とても、小さい・・・その影が、木々の隙間からこぼれる光に照らされて、乱馬の目の前に現れる。 「!!」 「・・・・・・。」 「ねねねっ、猫だーっ!」 突如現れた猫の姿に驚いた乱馬は、手にしていた糸束をその場に落とし、 馬に乗りその場を逃げ出した。 少しだけ走ったところで馬を止め、どきどきしている胸を押える。 「もうちょっとで、声の子に会えるとこだったのに・・・なんで猫なんか。」 ・・・ひょっとして、あの猫、声の子が飼ってたんじゃ・・・。 としたら・・・逃げ出すなんて、ひどいことしたな。 せっかく、おれのこと、心配してくれてたのに。 それに、声だけだったけど、今まで聞いたどんな女の子の声よりも、 綺麗で澄んでて心地よくって・・・。 そこまで思って、そんな自分に、はっとさせられる。 よく知りもしない、声だけの女の子に惹かれはじめていた。 すぐに一週間は過ぎ、乱馬は紡がれた糸を受け取る為、家々を回った。 そして、最後に・・・あの森に向かう。 ・・・どう考えたって、あの声の子が、やってくれてるとは思えない。 だけど、確かめずにはいられないのだ。 どうしても・・・。 乱馬は馬を降り、崩れた城壁へ近づくと、その上に小さな包みが置いてあった。 ・・・ひょっとして・・・。 その包みの中には、きれいに紡がれた糸の玉が入っている。 「きみが、やってくれたのか?」 前に声がしていた方へ、乱馬が尋ねると、そこから聞きたかった声が返ってきた。 「ええ。」 「ありがとう。」 「ううん・・・でも、わたし、不器用だから、 そんなのじゃ、王さまに気に入られないかもしれない。」 「そんなこと、ないさ。」 「ごめんね、期待させるようなこと言っといて。」 「そんなこと、ないから。」 「・・・早く、王さまのところに行った方がいいわ。」 「・・・ああ。」 乱馬はその包みを大事に抱え、馬に乗る。 「ありがとう。」 もう一度お礼を言い、城へ戻った。 「おお、それが紡がれた糸・・・って、おまえ、一体何人の娘さんに頼んだのだ?」 「ええと・・・。」 乱馬は、紡がれた糸の玉を取り出し、その場に並べていく。 その数はざっと見積もっても三十はあった。 「これで全部か?」 「それと・・・。」 胸元にしまっておいた、最後に受け取った包みを置いた。 「これだけだ。」 「これだけって・・・。」 ひとつひとつに目を通す自分の身にもなってほしいものだと思いながら、 王はそれらの糸の玉を丁寧に調べる。 「これは駄目だな・・・これも・・・これも・・・。」 「どこが? これなんか、すっげぇきれいじゃねぇか? これだって、上手いもんだぜ。」 「一体どこを見ておるのだ? はぁ・・・まだまだ青いな。」 「なんだよ、どこを見るっていうんだ?」 「おまえがそんなだから、これだけあっても、当たりがないんだ。」 「当たりったって・・・くじじゃあるまいし。」 「ん・・・これは・・・。」 「え?」 「なんだ、おまえ、ちゃんと見つけてきておるではないか。」 親父が手に取ってじっくりと見ているのは、あの声の子の紡いだ物だった。 しかし、どう見ても、他の子に頼んでいた物の方が、綺麗に見える。 「それは・・・あんまり、器用じゃねぇんだ、その子。」 「見れば解かる。」 「じゃあ、どうして?」 「・・・いずれ、おまえにもわかるさ。」 「・・・・・・。」 「それじゃあ、次をやってもらおうか。」 「次?」 「この糸・・・紡ぎ屋が紡いだ糸なんだが、この糸で布を織ってきてもらうんだ。」 「これで布だな。」 「期限は同じく一週間。」 「わかった。」 「ちゃんと、お嬢さんたち全員に渡すんだぞ。」 「ああ。」 乱馬は再び、今度は糸を持ち、家々をまわった。 そして、また、あの森へ向かう。 今度こそ、姿を・・・そう思いながら。 「今度は布に?」 「ああ・・・けどよ、こんなことさせて、何が解かるって言うんだろうな。」 「王さまには、王さまの考えがあるのよ。」 「それは解かってるんだけど・・・。」 「紡いだ糸はどうだったの?」 「え。」 「・・・やっぱり、気に入られなかったんだ。」 「ち、違う、親父、褒めてたよ。」 「嘘。」 「嘘じゃねぇ。そりゃあ、他の子のに比べたら、全然上手じゃなかったけど。」 「・・・・・・。」 「で、でも、親父はっ。」 「他の子にも、頼んでるんだ。」 「え。」 「だったら、わたしがやることないじゃない。」 「それはっ。」 「わたし、頼める人がいないって、乱馬が言うから・・・だから。」 「・・・ごめん。」 そんなつもりはなかっただけに・・・それに、悲しませてしまったことへの 強い罪悪感が、胸を抉るように襲いかかる。 「・・・ごめんなさい。」 「どうして、謝るんだ。」 「・・・わたしが無理に言ったから、断れなかったんだよね。乱馬、優しいから・・・。」 違うんだ。 おれだって、最初にきみに出逢っていたら、きっと他の子になんか頼まなかった。 言おうとした。 だけど、声しか知らないのに、そんなこと言ったら、 逆に軽蔑されてしまいそうで・・・言えなかった。 「・・・これ、頼むな。」 その場に、糸を置き、静かに立ち去った。 =続く= 呟 事 ・・・ていうか、先、読みます? >>>読んでもいいかな。 >>>しんどいからやめとこう。