想いが届くまで 第三章 「乱馬、乱馬。」 ん・・・。 うっすら目を開けると、あかねがおれを揺すっていた。 「・・・・・・。」 「乱馬、起きて。」 「うう・・・ん。」 抵抗するように背中を向けると、あかねは身を乗り出して、ベッドに足をかける。 「乱馬ってば。」 おれの顔を覗き込むように近づいたとき、 あかねの身体に手を伸ばし、その身体を抱きしめた。 「きゃあっ。」 「・・・ん、うーん。」 あかねのこと抱きしめるの、初めてかも。 その身体は、ふわふわしてて・・・暖かかった。 「ら、乱馬?」 「・・・・・・。」 寝ぼけたふりをして、もう少し腕に力を入れる。 「乱馬ってば・・・もう。」 「・・・・・・。」 「起きなきゃ、朝ご飯、食べ損なっちゃうよ?」 「・・・うーん・・・。」 「ねぇ?」 「う・・・ん・・・。」 薄目を開けるてみれば、おれの顔を覗き込んでいる、 あかねの大きな瞳があった。 「・・・乱馬?」 「・・・・・・。」 あまりに顔が近くて、急に恥ずかしくなり、再び目をきつく閉じる。 「ひょっとして、具合悪いの? 顔・・・赤い。」 「・・・ん。」 「熱、あるんじゃ・・・。」 あかねはおれの顔をぺたぺたと触りだした。 「やっぱり、熱い。どうしよう・・・おばさまに言ってこなくちゃ。」 「・・・・・・。」 離れようとするあかねの身体を、しっかり抱きしめる。 「・・・乱馬? 大丈夫?」 「・・・・・・。」 こころの中にある気持ちが、こうすることで伝わればいいのに。 「乱馬? あかねちゃん?」 突然、扉の方から声が聞こえた。 どうやら、全然起きてこないおれと、戻ってこないあかねを心配した、 おふくろのようだった。 離れたくなどなかったが、こんなところを見られて、 あかねがおれ付きでなくなるのは、もっと嫌だ。 おれは腕の力をゆっくりと緩めた。 「・・・乱馬?」 それに気が付いたあかねは身体を起こし、ベッドから降りる。 ちょうどそのとき、扉の開く音がした。 「あ、あかねちゃん。乱馬は・・・まだ寝ているの?」 「それがなかなか起きなくって。」 「本当にもう・・・しょうがない子ね。」 「でも、あの、乱馬、具合悪いみたいなんです。」 「え?」 「さっきから、顔が赤くて・・・今も、少し赤いでしょ?」 「そう言われてみると、そんな気もしなくはないけど。」 「だから、もう少し眠らせていた方がいいと思うんです。」 「・・・あかねちゃんがそういうんなら、そうさせときましょうか。」 「後で、何か飲み物だけでも、用意しておきますから。」 「それじゃあ、乱馬のこと、お願いね。」 「はい。」 今更、起き上がるわけにもいかなくなったおれは、 仕方なく、そのまま目を閉じて、眠ったふりを続けることにした。 だけど、昨日の夜よく眠っていなかったこともあって、 いつの間にか深い眠りに再び落ちていた。 「・・・ん。」 おでこの辺りに、ふわふわっとしたものを感じたおれは、その気配で目を覚ました。 と、おれの目の前にあかねの顔があった。 「わわっ!」 「あ・・・起こしちゃった?」 「な、なに、してたっ。」 「寝顔、見てただけよ。」 「・・・・・・。」 「・・・後、まつげ、長いなぁって思って、つい近づいちゃったの。」 「や、やめろよなっ、そういうの。」 「気、悪くした? ごめんね?」 「別に謝らなくったっていいけど。」 「気分はどう?」 「え?」 「乱馬、熱があったみたいだから。」 そういや、そういうことになってたな。 おでこには水に濡れた布切れが置いてある。 どうやら、さっきのふわふわはこれだったらしい。 「なんともねぇよ。」 「本当?」 最初からなんともねぇんだから、どうかあるはずがなかった。 あかねはおれのおでこから布切れを取ると、手をあてる。 「本当だ。下がってるみたい。」 「腹、減った。」 「飲み物なら、用意してるけど。」 「とりあえず、それでいい。」 手渡されてた物に口を付けながら、ベッドから降りる。 「まだ、寝てた方がいいよ。」 「大丈夫だって。」 「でもまた、ぶり返しちゃうかもしれないし。」 あかねに近づいたり、近づかれたりしない限りは、 どこもなんともない・・・とは、さすがに言えない。 「今日、一日は寝てた方がいいわ。」 「・・・・・・。」 「食事は持ってくるから、ね?」 「あかねがそう言うんなら。」 なんとなく逆らえなくて、ベッドに逆戻りした。 「欲しいものがあったら、言ってね。すぐに用意するから。」 「・・・・・・。」 すぐ目の前に欲しいものがあるんだけどな・・・そう思いながらも、 口には出来なかった。 夕食時になり、さすがに飽きてきたおれは、食堂に降りる。 「乱馬、起きてきたの? 今日一日は寝てた方が。」 すぐにあかねが駆け寄ってきた。 「あんまり動かねぇと、身体がなまるんだ。」 「でも・・・。」 「・・・具合悪くなったら、すぐ戻るから。」 「無理しないでね。」 心配そうな表情に、思わず顔が赤くなりそうになるのを感じたおれは、 急いで席についた。 「乱馬、もういいの?」 「ああ。」 「まだまだ、鍛え方が足らんのだ。」 ・・・確かにな。 あかねにちょっとでも近づいただけで、この有様だ。 「お前のお見合いの日取りが決まったぞ。明後日だ。」 「明後日?」 「急だけど、大丈夫よね? お見合いって言ったって、ただ顔を合わせるだけですもの。」 「急すぎるよっ。第一、見合いなんてやったことねぇのに。」 「だったら・・・おお、そうだ。あかねちゃん。」 「あ、はっ、はい、なんでしょうか?」 急に呼ばれたあかねは慌ててこちらにやって来た。 「明日、乱馬のお見合いの練習相手をしてやってくれんかね?」 「えっ! わたしがですか?」 「そのお嬢さんというのが、ちょうどあかねちゃんと同じ年頃の子なんだよ。」 「わかりました。わたしでよかったら。」 「それじゃあ、頼んだよ。」 「ちょっと待てっ! おれの意見はっ。」 「あかねちゃんが一番、乱馬の相手として、向いてると母さん思うけど?」 「・・・・・・。」 そう言われると何も言い返せない。 確かに他のメイドは、おれよりも年上ばかり。 一番若いやつでも、二十も上だ。 そんなの相手が練習台になるはずがなかった。 そうなると必然的にあかねが一番妥当だということになる。 けど・・・あかねとふたりで見合いの練習だなんて・・・想像しただけで、緊張する。 「それから、お前は明後日までに、その乱暴な口調を改めておくようにこころがけること。」 「んなこと言ったって、急になおるかっ。」 「相手は育ちのいいお嬢様だ。お前のがさつな話し方を聞いて失神してしまうかもしれん。」 「そんなやつと、結婚なんかできっかよ。」 「あらでも、母さんはお上品な女の子、とても好きよ。」 「おふくろの好みは聞いてねぇっ!」 「あかねちゃんだって、乱馬の口調は乱暴だって思ってるわよね?」 「えっ・・・わたしは、乱馬らしくて・・・いいと思います。」 「え。」 思わず、おれは反応してしまった。 「おれらしい?」 「うん。わたしはそう思うけど・・・慣れてるからかな?」 「・・・・・・。」 別に好きと言われたわけではないのだけれど、 おれという存在を認められたようで嬉しかった。 「そうね、確かに・・・乱馬が丁寧に話したら、おかしいわね。」 「いえ、そういう意味ではなくて・・・。」 「なんにせよ、乱馬のお見合いの相手、頼んだよ。」 「はいっ。」 元気に返事するあかねの姿が、やっぱりいとおしく思えてならなかった。 翌日、あかねを練習台にして、見合いの練習をすることになった。 「・・・・・・。」 「・・・・・・。」 なんだか、すげー緊張する。 「乱馬?」 「は、始めっぞ。」 「うん。」 「・・・おれは、乱馬だ。」 「そんなんじゃ駄目だよ。ちゃんと挨拶するところから、入んなきゃ。」 「わかってるよ・・・んんーっ。」 咳払いをして、呼吸を整えて、話し始めた。 「はじめまして。乱馬です。」 「はじめまして。あかねと申します。」 あかねは、いつものように、にこっと笑う。 「・・・・・・。」 「乱馬・・・顔、また赤いよ? やっぱり、治ってないんじゃ・・・。」 「あ、暑いんだよ、この部屋。」 「そうかな・・・窓、開けようか?」 「い、いいから、続けるぞ。」 「うん。」 立ち上がろうとしていたあかねは椅子に座りなおす。 「お、おれは・・・その・・・。」 「ええ。」 あかねはじっとおれを見る。 「・・・お、おめーのことが・・・。」 「うん?」 首を少し傾げ、それでも、おれを見ている。 「だから・・・その・・・け、結婚・・・。」 「結婚?」 「しよう。」 「はい。」 「ほ、本当?」 「はい。」 思わず、あかねの手を握り締めた。 「・・・これなら、きっと、うまくいくと思う。」 「へ?」 「なんか、乱馬、いつもと雰囲気違ってて、すごく真剣だった。」 「い、いや。」 「乱馬の気持ち、伝わると思う。」 「あの・・・そうじゃなくて。」 「でも、もうちょっと、相手の人を知ってから、 そういう・・・結婚って言葉は出した方がいいかな。」 「・・・・・・。」 おれは、あかねのこと、よく知ってる。 優しくて、かわいくて、思いやり深くて、いつだって・・・見てたから。 「乱馬って、昔からせっかちだもんね、仕方ないか。」 「わ、悪かったな。」 そう言いながら、あかねの手を惜しみ惜しみゆっくりと離した。 「次は、わたしの練習台になってくれる?」 「おめーはまだ、先の話だろ?」 「そんなのわかんないじゃない。」 「どういう意味だよ。」 「明日、決めちゃうんでしょ?」 「決めねぇよっ!」 「だって、今。」 「それは相手がおめーで・・・。」 と言いかけて、口をつぐんだ。 「乱馬?」 「・・・・・・。」 「い、いいから、練習、やんだろ。」 「え、うん。」 「始めようぜ。」 「わかった。それじゃあ・・・はじめまして。あかねと申します。」 そう言うと、あかねは、やわらかな微笑みを浮かべた。 「・・・・・・。」 「ら、乱馬? やっぱり暑いんでしょ? 真っ赤だよ?」 「・・・は・・・はじめ、まして。」 くらくらしながら、練習を続けることにする。 「わたしは幼い頃に両親を亡くしております。」 「聞いている。」 「気にならないでしょうか?」 「ならねぇな。」 「それから、甘やかされて育っておるものですから、何も出来ません。」 「ああ。」 「それでも、構いませんか?」 「構わねぇ。」 「そうですか。それでは・・・こんなわたしとでよろしければ、 結婚してくださいますか?」 「喜んで。」 おれは、再びあかねの手を握り締めていた。 「・・・乱馬?」 「・・・あかねが、望むんなら。」 「え。」 「あかねにとって、最良の選択になるなら、おれは・・・。」 「ど、どうしたの? 乱馬?」 「・・・え・・・あ、ああ。」 おれ、なに言ってんだ? 慌てて手を離す。 「乱馬、昔から、優しいね。」 「・・・・・・。」 「わたしに、お父さんとお母さん、なにも言わずに貸してくれた。」 「べ、別に・・・あいつら、あかねのこと、本当に娘だって思ってっから。」 「ありがとう。」 「・・・・・・。」 「乱馬のお見合い、うまくいくように、お祈りしてるね。」 そう言うと、あかねは立ち上がる。 誰にも、あかねのこと、知られたくないって思ってたのに・・・。 結局あかねは他の誰かの元へ行ってしまう。 「ま、待てっ。」 扉を開けて出て行こうとした、あかねにおれは思わず呼び止めた。 「なあに?」 「おれ、まだ結婚するつもりとかねぇから。」 「そうなの?」 「・・・それに、おれには、その・・・。」 「うん?」 「わかってるだろ?」 「なにが?」 「だから、おれの・・・気持ち。」 「乱馬の気持ち?」 「おれが、その・・・おめーのこと・・・。」 どんどん顔が赤くなっていくおれの姿をあかねは不思議そうに見つめる。 「・・・昔から、ずっと・・・。」 「わたしのことなら、心配してくれなくて大丈夫。」 「へ?」 「乱馬、心配してくれてるんでしょ? わたしのこと。」 「そ、そりゃあ・・・。」 「ありがとう。でも絶対、乱馬の優しい気持ち無駄にするようなことしないから。」 ・・・どこかで幸せに暮らしていくから、もうわたしのことは放っておいてと、 そう言われたような気がした。 =つづく= 呟 事 >>>最終章へと >>>ううーん、挫折 読み続けることの出来る方って・・・自慢できちゃうくらい、本当に根気ある方だと思います。