Don't Forget 〜 Land's Memory...〜

じりじりと照りつける太陽。この時期、この地域は高温多湿に支配され、とても過ごしにくい。じっとしてしても玉のような汗が流れ落ちてくるのがうっとうしい。
「……たまんないわね……」
 暑さには弱い。どちらかといえば寒いほうが平気。従弟は反対に真夏になればなるほど元気になるし、真冬には「可能なら冬眠したい」というほどの寒さ嫌い。
 すぅっと一呼吸。
 そもそもこのあたりには木々があふれているが、肝心の「この場所」には何の遮蔽物もない。

 シオン=フォレストが地球再生のために地球を捨てたのは200年以上前のお話。
 以来放置された地球はゆっくりと原始の地球に……戻らなかった。
 地球を忘れられなかった先人たちはまた舞い戻ってきて、地球を汚し続けた……わけではない。
「母なる星への回帰」を認める代わりに、地球を汚すことをシオン=フォレストは禁じた。
 大地の再生、生命の循環を乱す行為さえなさない限り、彼女は何も言わない。沈黙の女神……なんて言ったら怒られるか。彼女は「神」ではない。

 あー、やだやだ。暑すぎてレトリックだらけの論文ができつつあるじゃないの。
「精霊よ……」
 意識を集中させて、展開する……!
 ばっと影が広がった。私は満足して空を、いや、木々が広がる天井を見上げた。
 何もない空間から何かを作り出す。200年前の《異変》でヒトが身につけた精霊たちの力の具現化……《魔導》
「もう一つおまけ♪」
 大地に向かって手をかざす。ふわりと淡い緑色の光が形を成す。
 出来上がったベンチに腰を下ろし、んーっと背伸び。
 木々の隙間から見える刺すような光は、真夏の証拠をこれでもかと突きつけてくるけど、さっきより遥かに心地よい。木漏れ日は季節を問わず気持ち良いもの。
 風を受け止めて葉が揺れる音に思わず一眠りしそうなぐらい癒される。

「ここ、よろしいかな」
 杖をついた紳士が、にこりと帽子を軽く外しながら会釈してきた。
「ええ、どうぞ」
 紳士……はちょっとサービス。でもそれくらい物腰の柔らかなおじいさん。髭をたくわえた優しそうな方ね。
「やれやれ、どっこいしょ」
 うんうん、いかにもおじいさまがらしい擬音に笑いをちょっとこらえる。
「暑いですな」
「そうですね」
 なんてことのない平凡な挨拶に、蝉達が苦情を申し立てるかのように大合唱ツッコミをいれている。
 そのまま、しばらく沈黙。木々の擦れあう音、蝉の鳴き声。

 ……そう、このあたりにはその音だけ。
 都会的な音は何一つない。このあたりは開発を禁じられた「閉じられた大地」だから。
 人々はこの不便な大地を捨て、中央に出ている。私たちの住んでいるところもここからは遠い。
 人影も当然まば……訂正、ゼロ。
 誰もが近寄らない。
 ある人は価値のない土地とみなし、ある人はその大地の意味を忘れ、そしてある人は……恐れているから。
 ま、私は平気だけどね。むしろ、望んでここにきたのだし。

「娘さんは、誰かと待ち合わせでもしているのかね」
 不意におじいさんが尋ねてきた。
「ええ」
「んー……酔狂だね。こんなところで待たなくても……で、誰を待っているのかな」
 きらりと好奇心の光がしわしわで細くなっている瞳に宿る。
「友人を」
 光がにごる。軽く落胆したような気配がひしひしと伝わる。しかたないなー、もう。
「誰よりも親しい友人です。世間一般には恋人って言うのかもしれませんけど……」
 ちょっと間をおく。
「何だか気恥ずかしいから」
 頬が暑いのは気温のせいではない。おじいさんは楽しそうにほくほく笑っている。
「おっ、おじいさんこそっ、待ち合わせなんでしょっ!」
 腹いせに叩きつけるように言い返したら、おじいさんはほんの少し寂しそうに笑い返してきた。

 蝉たちはなおも、自分の居所を知らせるかのように鳴き続ける。

「今年は、娘さんのお陰で随分楽に待てそうじゃ」
「お役に立てて何よりです」
 ふわりと精霊が現れて、嬉しそうに微笑む。
「この子達も嬉しいって」
「大地の精霊か……美しいの」
「おじいさんには綺麗な女性に見えたんですね。私には小さな女の子にしか見えませんでしたけど」
 精霊の姿は一様ではない。元来形を持たないモノたちだから、見る人がもっとも受け入れやすい形を取って現れる相対的な外見の持ち主だ。
「やれやれ、見透かされてしまうようじゃな」
「精霊に嘘はつけないものですよ。心の写しなんですから……自分の心に嘘はつけないものでしょう。一時的には偽れても、本質は偽れない」
「そうだの……」
 ふうーっと長い長いため息。ぎゅっと杖を握り締める手に少しだけ力がこもったのが見えた。遠くを見つめる目は、来たときと変わらず「待つ」という強い意志と、どこか辛そうな、苦悶と後悔の波がたゆたう。

「もうどれくらい待ったかな」
 時計を見ようとして、私は間違いに気づく。
「ずっと、ですよ」
 その返答に、おじいさんはそうか、と短く返答した。

 風がそよぎ、鳥が小さく囀る声が蝉たちが小休止した隙を縫うかのように耳に届く。

 私は、おじいさんの姿を再確認して足りないものに気づいた。
「おじいさん」
「ん?」
 待ち疲れたのかおじいさんは少しうとうとしかけていたみたい。
「せっかく待ち合わせしているのに、お花の一つぐらい持たなくちゃダメですよ」
 私は軽く手を組み、広げた。そこにはラベンダーとストックの花束がある。種も仕掛けもない手品みたいな光景に、通りがかりの人がいれば拍手の一つぐらいもらえたかもしれないけど、観衆はおじいさんだけ。
 種も仕掛けも……というか、魔導使いだって知っていてもなお、おじいさんは驚いて目を見張った。
「いやはや……慣れないものだからわかっていても驚いてしまうね」
 なるほど。
「ここまで細やかなものを作り出せるとは、お嬢さんの腕前は相当なもののようだね」
「お褒めに預かり光栄です」
 花束を渡しながら、私は極上の笑みを浮かべた(と思うけどな)
 無から有を作り出すことは可能とはいえ簡易ではない。魔導使いの力の強弱がそのまま現れる……というよりそれが《全て》か。
「おじいさん」
「ん?」
 花束を受け取って、なんだか《いつも》と違うことが起きる予感を感じているようなおじいさんに、もう一つプレゼントをしてあげることにした。
「あの人は、どんな花が好きなんですか?」
「んー、そうだの……」
 顎をなでながら、懐かしい思い出に思いを馳せ、ふうむと呼吸するような穏やかな吐息を漏らす。
「ま、平凡かもしれんがな、梅が好いておった。家の庭に咲いていてな、それを見るのが好きだというて……方々の庭先に咲いているじゃろというたら、ワシの家のが一番だと……」
 そうだそうだと、自分に言い聞かせるように何度も繰り返す。心が時を越えているんだろう。
 私はゆっくりと立ちあがり、手をかざした。
 季節に合わないものを生み出すのは少し骨が折れる。しかも繊細な香りまで完璧に再現するとなると、暑さでまいっている今の私にはちょっとどころではなく、正直きつい。空調の聞いた部屋なら片手間なんだけどなぁ。
 おじいさんの心を少しだけ拝借。
 だってその梅じゃないと意味がないでしょ?
 流れ込んでくるおじいさんの思い出。シンクロさせるのは断片だけでいい。
 《二人》で見ていたという、宝石の欠片……!

 ぱぁっと光がはじけて、あたり一面に梅の香りが漂う。
 寂れ、何もなかった大地に、一本の梅の木。
「お、おお……」
 ふたりとおじいさんも立ち上がる。その手から杖が落ち、よろよろと梅の木に寄り添う。
「懐かしい……そう、その枝ぶり。間違いない……ワシの……」
 途中で嗚咽と入れ替わってしまった感嘆を聞きながら、私はベンチに座り込んだ。
 あとは祈るだけ。

 ふと、空気が変わった。

 梅の木のすぐ側に、今までいなかった存在が現れる。
 おさげ髪の、素朴で清楚な雰囲気の女の人。服装はとても粗末なのに、どこか高貴さすら感じさせる、品のいいお嬢さん。
 もっと言うなら、さっきおじいさんが見た「精霊」は、たぶんあんな感じだったんじゃないかな。
 お嬢さんはおじいさんの姿を見つけると、弾けるように笑った。
「……さん……」
 搾り出すようにおじいさんは女の人の名らしいものを呟いた。よくは聞こえない。
 女の人はこくんと小さく頷いて、またにっこり笑った。
 おじいさんは慌てて手にしていた花束を押し付けるように手渡す。その仕草はまるで少年のようで、見ていてとても微笑ましい。
「やっと……やっと会えた……ワシは、ワシは……」
 俯いてぼろぼろと涙をこぼすおじいさんを困ったように眺めていた女の人は、軽くおじいさんの肩を押して、面を上げさせる。
 視線が合い、女の人はこれまでにない綺麗な笑顔を浮かべた。
「………」
 なんて言ったのか、これまた聞こえない。でもおじいさんの耳には届いたらしい。
 再び空気が変わる。
 風が吹いて、梅の木は消滅してしまった。女の人と、一緒に。
 おじいさんは放心してしばらく身じろぎ一つできなかったみたい。
 
 蝉の声が再びあたりを支配し出した頃、おじいさんは長い長いため息をついて、ベンチに戻ってきた。

 話す気力を取り戻したのは日の傾きようが少し変わった頃。ほんの少しだけどね。
「あれは……一言こう言ったよ。『待っていた』とね」
「そう……ですか」
 その言葉に、再びおじいさんの目に涙が浮かぶ。
 
 その日。
 若き日のおじいさんはこの場所を待ち合わせに選んだ。
 伝えたい大切な言葉を告げるため。
 約束の日よりはるか以前に遠い場所に旅立たなければならなかったおじいさんは、旅立つ前に一人の女の人に約束した。
 その日、その時刻、必ず帰ってくるから待っていてほしい。

「その日でなくては意味がない。その日は……あれの誕生日でな。ワシはその日を祝ってやりたかった。祝い事など禁じられた時代だったからの……」
 甘い考えだと思う。それでも、失いたくはなかった大切な心。
 時代に流され、翻弄されてもなお、決して失ってはならない……人の心。

「ワシが、そんな約束をしなければ……あれは……あれは……」
 
 運命は一つの狂ったネジのせいであっけなく壊れた。

「ワシはそれからずっとここで待っていた。だが……あれの魂はどうやら迷子になってしまっていたようでな」
 己の死を理解することなく、一瞬で消滅してしまった肉体。
 この大地には、そういうさまよえる魂は珍しくない。彼女もその一人だった。
 それだけのこと……それだけでは……すまないこと。

「娘さんのお陰じゃ。あれはおそらくワシと思い出に引かれて、自分を思い出せたのじゃろう。ありがとう、ありがとう……」
 感謝の印に私の手を握ろうとしたみたいだけど、そうは問屋がおろさないわよ。
「嘘はつけないって、言ったでしょ?」
 わざと、突き放すように言った。女心をなめないでもらいたいわね♪
 おじいさんは低くうなると、杖を置いて一つ深呼吸した。
 風と光が弾け、現れたのは軍服姿の立派な青年。
「やはり……魔導使いには嘘がつけないようだ」
「まさか。事前調査とここの精霊たちの話。そして……あなたも一種の精霊だからよ」
 だからわかる……感じ取れると伝えると、青年はまいったと言わんばかりに苦笑する。その姿はなかなかの好青年。惜しい。どうせなら生前にお会いしたかったわ。
 ま、つまりはそういうこと。
「ずるいわよ。まるで自分が天寿を全うしたようにみせかけるなんて」
 腕を組んで、小さい子供を叱りつけるように言うと、青年はますます恥じ入ったように恐縮してしまった。
「そうでもしなきゃ、ここに来られなかった?」
 わからないでもない。

 話は300年近く前になる。
 その頃世界は全人類を巻き込む勢いの戦争の只中で、軍人も民間人も関係なく戦いに巻き込まれていた。
 今の戦争と違うのは、実力あるものが先頭に立って戦うのではなく、ただ権限を持つものが一番安全なところで口だけを動かし、力ないものが危険にさらされるという最悪な戦い方だったということ。
 この地方……もとい、この国はもはや滅びる寸前。それでも権力者たちは引き際を見極めることができずにいた。引くに引けないって奴だったのかしらね。迷惑な話。
 そして……功を急いだ敵対国は今でも禁忌とされる最悪最凶の兵器を投入した。

 核兵器。

 たった一発の爆弾が大地を灰燼に帰した。
 爆弾は二発落とされ、合わせて20万人以上が即死、その倍以上の人々を傷つけ、心を蝕んだ。救助に当たった人ですら、放射線の残滓により体調を崩し、あるいは死に至ったという。
 想像を絶する爆風と熱線、そして当時の人々の知識にはなかった放射線という見えない物質により、自分の死を理解できないまま消えていった人たち。
 真夏の灼熱の太陽が、そのまま大地に落ちたようなもの。

 ここはその中心地の一つ。
 人々が地球を放棄したとき、この地も忘れ去られた。
 でもシオン=フォレストが忘れさせなかった。
『三度……あの悪魔を大地に立たせるな……』
 核兵器を使おうとした人間に、怒りを露にして制裁を加えたという彼女。
 彼女は非人道的行為の全てを憎み、ジェノサイドウェポンを忌み嫌う。使おうとした人間に対し容赦しない。世界に対して非干渉を旨とする彼女にして唯一にして絶対の例外。
 IRRATIONAL・TECHNOLOGY、通称・イルテックと総称し、排除以外の道を示さない。

「あんな時代だ……無事に戻ってこられる保障などなかった。それでも自分に言い聞かせたかった。約束したからには、行かねばならないと。そう思えばどんな所にいても……還ってこられると」
 あの女の人はあの日あの時ここにいた。
 果たされない、果たされるわけのない、それでも果たされるのならばと、終わりの見えない暗澹とした時代でも、小さな幸せを知るために彼女は約束の場所に来た。
 そして約束の時間を少し過ぎたその時に、この物語が始まった。

「自分は戻ってこられた。でも彼女は? 自分は何度もここに、約束の日に、約束の時間に来ても……彼女は現れない……わかっていた。ここで何が起きたか、精霊たちが教えてくれた」

 さまよう魂に、精霊たちはただ事実を教える。
 この地は滅び、魂も千々に乱れた。
 お前の待ち人は、もはやお前をお前と認めることもできぬ、哀れな彷徨い子に成り果てた。

「自分があんな約束さえしなければ、きっと彼女は……助かっていたとは言わぬ、ただ、己の死を認めることができるぐらいには……いや、それもまた、苦しかろうな……自分が、そうだったのだから……」

 遠くの地、異郷の地。目の前にいるこの人はそこで死んでしまった。
 約束は果たされない。
 せめて魂だけはと戻ってきてみれば、彼女の魂はうつろなまま。

「いつしか自分は老人の姿で待つようになっていた。そう、彼女に……自分は《あの後》無事にここに来て、お前さんを待って……お前さんのことを思い出に、ずって生きていたと……つまらぬ、意地だ……」

 ぎりっと歯を食いしばる音が聞こえてきそうだった。
 きつく握り締めた拳に、涙の欠片が落ちる。
 約束を果たす前に死んでしまった挙句、果たされない約束を守らせてしまったことを、ずっとこの人は後悔し続けたんだ。魂という普通の人には見えない存在になってからも、ずっと。
 ぐいっと顔をぬぐうと、とても寂しそうに私のほうを見た。
「それでもいい。やっと自分は旅立てる。あの人の最期を見ることがようやくできた。やっと……新たな旅路にでることができよう。感謝する」
「まだ……よ。まだ礼を言うのは早いわ。言ったでしょ。女心をなめないでねって」
 私はもう一度手をかざした。さすがに木を作り出すのはもう無理。現れたのは梅の一枝。ふわりとそれは浮かんで……女の人の手に納まった。
「な……」
「わかっていたのよね。ただ、ここがわからなくて、ずっと彷徨うことしかできなかったのよね?」
 五感の全てを砕かれた恐怖は魂に刻み込まれ、何も感じ取ることができなくなった彼女は、時の流れの中で少しずつ自分を取り戻していった。
 最後まで戻らなかったのは閃光で焼かれてしまった《視覚》
 だから私がお手伝い。梅の香りに導かれ、ようやく彼女はここがわかった。そして全てを取り戻した。
 老人の姿をしていた男の人を一目見て、なにもかも理解した。一瞬で悟るなんて……相当深く愛していた証拠ね。恐れ入るわ。
 静かに……ま、当然か、力なくこの世に留まり続けた幽霊さんが音という物理現象を引き起こせるほどの力を持つわけがない。非力なヒトしか……残っていなかったのだから。

「また……一緒に梅の花を見ましょうね……」
「あ……ああ、そうしよう。今度は……そうだね、ウグイスにでもなって、ゆっくり見ることにしよう」

 花がほころぶようにとはまさにこのこと。女の人は心から安堵したように笑い、男の人は自分で言ったことがちょっと気障っぽかったのに照れたのか、それを隠すように手で顔を撫で回している。
「ありがとう。何もかも貴女のおかげだ……ようやく約束は果たせそうだ」
「そうね……お誕生日おめでとう。これからもお幸せに」
 男の人がしっかりと女の人の肩を抱き、女の人は私の言葉に軽く会釈してはにかんだ。
 
一陣の風が舞い、梅の残り香が消える頃、残ったのは私と、私が作った即席の東屋とベンチ。
 また、蝉の声が耳に入るようになってきた。

 これまでの、ほんの一時間にも満たない出来事を頭の中で反芻していると、不意に新しい影が私を覆った。
「終わったみたいですね」
 誰よりも優しい口調で確認してきたその声に、私は力なく笑って答えた。さすがに疲れましたとも。
 はい、という声とともに手渡された冷たいジュースをお礼とともに受け取り飲み干した。
「この日にだけ現れる幽霊なんて珍しくもないんですけどね……あの人はちょっと特殊でしたから」
「この地で死んだわけでもないのにここに留まる幽霊、でしたね」
 魔導使いは大概、世間一般で言うところの幽霊を見ることができる。害が無ければ放置するし、依頼があれば除霊、もしくは浄霊する。
 無害であっても、幽霊のまま彷徨うのは本来の《生命の流れ》に反するとかで、可能な限りは《新しい旅立ち》のお手伝いをするってこともある。
 そのときには精霊たちや遺族の話などなど聞き込み作業が重要になってきて、結構面倒なのでハンターは嫌がる。(主にウチの愚従弟たち) まぁ確かに、専門家に任せるほうが楽だもの。餅は餅屋。
「……のはずなのに、どうして引き受けたんですか?」
うん。やっぱりこの人の苦笑のほうが好きだな。
「興味本位なんて言ったら失礼極まりないですけどね、知っておきたかったからです。この地に起きた出来事を……ちゃんと知っておかなきゃいけないなって。仮にもハンターですからねー……何も知らずにただイルテックだからって排除するだけなの、嫌だったからです。ま、イルテックに関わったら騎士団に先手打たれるから、意味は無いのかもしれませんけど……」
 考えがイマイチまとまらない。理由なんて肝心なこと意外はどうでもよくなって、ふぅっと顔を手で覆う。

 遠方で果てながらも帰還し、崩壊した故郷を目の当たりにした男の人。
 何も知らずに死んでしまい、怯えながら魂のまま彷徨い続けた女の人。
 街は移ろい、復興していく。刻々と変化していく大地の中で、毎年この日だけは約束を果たそうと現れていた人。それを遠くでしか感じることができなかった彷徨い子。

 それを思うと自然と涙がこぼれた。
「知っておきたかったんです。大地の嘆きを。忘れないでって……あの子達が悲しそうに言うから……」
 精霊たちが口々に怯えながら伝える。

 あの日あの時、自分たちも一時は《消滅》したのだと。
 炎の精霊は理性を失い、風の精霊は制御できない自分の力に恐怖し狂ったように泣き叫んだ。
 大地の精霊は当分自分たちの生きる場所はないと嘆き、水の精霊は己の身から清らかさが失われたことにただただ怯えた。
 長い長い星の歴史の中で、精霊たちの存在すらも脅かしたのはただの一度きり。
 ヒトという種が犯した数々の過ちの中でも、精霊たちが一番許さないと憤る出来事。

 言葉を紡ごうとしても、何も出なくなった。
「……さん」
 私の名前を呼ぶ声がした。
「行きましょう」
 ただそれだけ。私は頷くと気持ちを清算するように力いっぱい背伸びをした。
「僕も……忘れません。物語は魂の数だけ存在し、一つ一つが生きた証であり……全ては事実であることを」
 力強い決意。
 優しさと強さ。凛然としたものすら感じる。
「ありがとうございます」
 何に対する礼なのかよくわからない。
 でもそれ以外の言葉は思いつかなかった。
 静かに私は意識を集中させた。

 あの日……「死の同心円」と言われたその中心から、色とりどりの花々が広がりだす。
「彷徨える魂に、ひと時の安らぎを。静かな旅立ちに行かれた方々に祝福を。新たな生命を得た者たちにとこしえの平和を……」
 花は何処までも広がり、大地を覆っていった……。

 いつしか、即席の東屋は消えていた。
 残ったのはその屋根の一部だった……今ひらりと足元に落ちてきた、オリーブの葉だけ。
 
 FIN



後書き
なんとなく書きたくなりましたので書きました。2005年は60年目にあたります。何のってピンと来ない方はもう一度歴史を振り返ってください。
史実に基づくフィクションという奴です。というか、ちょーーーーーふぁんたじっくふぃくしょんにしてしまいましたが、一部本当のお話。
こういうことには賛否両論があると思いますが、文句のある奴ぁ長崎に来て資料館に行って来い。それから話をしよう。
今回なんとなく登場人物の名前を全部伏せました。最初は幽霊さんたちにも名前を適当につけるつもりだったのですが、なんとなく……特に女の人のほうの名前がピンとひらめかなかったのです。(適当につけたら脳内にある「メインキャラリスト」の名前とかぶったなどと口が裂けても言えませんわな)
というわけで伏せてみたら、いい効果が生まれてほんのり嬉しかったりするわけですよ。

名前もわからないような無辜の市民が亡くなられた、ということを感じていただければ幸いです。

ところで……この話の「種」を思いついたのは、「被爆後に被災した地域のどこかの家のお風呂で、被爆したとは思えないほど綺麗な女の人の遺体があった」とかいうお話を聞いたような聞いていないようなそういう曖昧なイメージを元に、です。
で、形にしてみたのはいいのですが……某RPGのイベントの一つとタダかぶりしてますねぇ……失敗失敗。