LIVE A LIVE 〜魔王山異聞〜
飾り気のない部屋には、光源となるべきものが乏しかった。燭台は一つ。後は暖炉の火があるだけ。窓の外は重苦しい灰色の空で埋め尽くされ、太陽の光は全く届かない。時折吹き付ける風には雪が混ざっている。
部屋の中央、年代物の揺り椅子に一人の男が身を委ねていた。
そこに座るに相応しいほどの老成ぶりと同時に、はち切れるような若葉の如き瑞々しさも介在している。そのアンバランスさはおよそ「人間」には似つかわしくない。
神、あるいは……。
男は軽く眉を顰め、意識を浅きへと導く。
薄暗い部屋の中でも異彩を放つ美しい金色の髪がかすかに揺れ、ぎしっと揺り椅子が軋んだ。
すっと通った鼻梁、真一文字に整った唇、精悍さを感じさせる頬から顎にかけてのライン。いかに名の知れた彫刻家であれ己の技術力の無さを悔やむことになるだろうほど、均整の取れた相貌だ。またその台座ともいうべき身体は細身でありながらも豹や虎といった動物的な力強く、しなやかな動きが取れるだろうことが容易に見て取れる。
そして。
ゆっくりと開かれた瞳は、血塗られたような深紅。奥底に深く、虚無と憎悪の炎だけが揺らめいていた。
男は静かに立ち上がるとテーブルの上に置かれたワインを手に取り、グラスに注ぐと一気に飲み干し、再び目を閉じる。
先程。
彼の思念の中に飛び込んできた映像が蘇る。
ゆるく首を振り、馬鹿馬鹿しいと一笑に付すと窓の外を見やる。
灰色に閉じ込められた世界。
遠い時間において、そこは色とりどりに彩られた世界であった。空は突き抜けるように明るく、緑は日々の平穏を祝福するように青々と茂っていた。冬の暗さは春への胎動。それさえも愛おしく思っていたのは、いったいいつのことだろう。
それを思いやるのも疎ましいと思うようになったのは、いつからだろう。
永遠に冬の檻に閉じ込められ、命と言う命が眠りについた大地に、ただ一人立つようになったのは、いつのことだろう。
自らが望み、手に入れた力は、いつしか時間を越え、空間を歪ませることまで可能にしていた。
いつの世にも存在する《憎悪》が、架け橋となり自分を導いているだけなのかもしれないと思うと、その力に踊らされているようで不愉快だが、それこそ自分の得た《真理の証明》である気もしてその矛盾に似た感覚が心地よくもある。
では先程の《映像》はなんだ?
これまでも彼が戯れにたゆたう《次元の狭間》には、いずこともしれぬ時代、世界からの迷子が現れることがある。
大抵の場合放っておけば勝手に自分の世界に戻る。そのまま空間に飲まれて死することもある。そして彼の世界で新たに魔物としての生を受けるだけの話。
彼自身積極的に関わるつもりは毛頭ない。
人間にかかずらうのは……。
ぎりっと端正な顔が歪む。
面倒だ。放っておけば、勝手に死ぬ。
三度目を閉じる。
未だ消えぬその姿は、初めて見たときとまるで変わっていない。
もうとっくに死んでいるのだろうか。
《素質》があるのならば新たに自分の配下に加えればいい。そうでなければ、これ以上目障りにならないよう、魔物どものエサにしてしまえばいいだけ。
わざわざ自分が出向く以上の価値があればいい。
そう嘯くと、すぅっと闇に沈んだ。
部屋の中ではじりっと蝋燭が最後の光を上げて消えた。