グラバー園(2)

戦前、グラバー邸にはグラバーの子息・倉場富三郎氏が住んでいましたが、戦時中に三菱重工業長崎造船所に所有が移りました。昭和32年、敷地と邸宅が長崎市に譲渡され、翌年、「グラバー邸」として開園し、そのあと隣接するリンガー邸・オルト邸も加えられました。1974(昭和49年)、市内に散在する洋館を集めて、現在のような『グラバー園』になっています。

ウォーカー邸






初期の日本海運業界に大きな功績を残した英国人ロバート・N・ウォーカー氏の次男ウォーカー・ジュニア氏の旧邸です。同氏は明治後期に建てられたと推測されるこの家を1915年に購入し、1958年に亡くなるまで住居としていました。その後、母屋の一部が市に寄贈され、1974(昭和49年)にグラバー園に移築されました。




こじんまりとした感じの洋館です。
ウォーカー邸からも長崎港がきれいに見下ろせます。が、所詮移築されたものです。
元々どこにあったのか調べてみましたが、分かりませんでした。
その場ではきれいに見えたハンキングのお花、写真にするととても邪魔です。
鶴の港を望みながら、蝶々婦人の気分でした。\(^o^)/

(2007年9月15日)

スチイル記念学校



1887年、アメリカ人のスチイル博士が、18歳で亡くなった息子さんを記念するために寄贈した資金によって開設された、東山学院の本館です。校名はいろいろと変わり、1972(昭和47年)、海星学園より長崎市に寄贈されました。翌年、グラバー園内に移築復元されています。


グラバー園で一番奥まったところにあります。
大きな樹木があって、全体をうまく撮ることが出来ませんでした。
撮影ポイントを捜しているうち、ポツポツと雨が降ってきて、中には入っていません。
グラバーファミリーの写真やグラバー漁譜などが展示されているようです。
前のページに書いている“結婚アルバムの前撮りのお嫁さん”が
この建物に入られたので興味はあったのですが・・・。
(2007年9月15日)

new! 自由亭



本格的西洋料理店「自由亭」は、1878(明治11年)に馬町に開店しました。グラバー園には4分の1ほどが移築され、二階が喫茶室として利用されています。

   

「自由亭」は国内外の貴賓や高官の社交の場として使われ、アメリカ合衆国元大統領などVIPな方々も来られています。往時を偲ばせる店内からは、美しい長崎港と異国情緒あふれる長崎の町が一望出来ます。下2枚の写真は、今回、私が注文したものです。コーヒーカップにはグラバー邸が描かれていました。

グラバー園の敷石にはハート型の石(ハートストーン)が数枚敷いてあって、
それに触ると恋が叶う、と言われています。
「自由亭」に入ってまず驚いたのは、カップルの多くが
写真左のスイーツ「ハートストーン○○○」を食べていたことでした。
チョコ・カステラ2切れ、アイスクリーム・生クリーム・ラズベリー等と結構な量なんです。
“男性まで・・・?”と思っていたら、メニューを見て納得でした。(*^。^*)
石の形のクッキーがトッピングされていたんです。
暑さにバテ気味のおばちゃん一人、どうしよう?と考えました。
が、食べない手はありません。注文しました。
哀れに見えても胸張って、堂々と食べてきました。\(^o^)/\(^o^)/
(2007年9月27日)

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