〜拒絶する悪夢〜
老人を訪ねて以来、ルレイシアの様子はまた変化した。元々オディオを気遣って話すことの少ない女だったが、余計に口数が減り、なるべくオディオに関わらないようにしている。
彼がいても、いなくても、部屋でじっとしていることが多く、彼が側に近づくと怯えて離れることが多くなった。嫌悪しているというより、無理やり避けているという感じの行動にオディオは苛立ちを覚えていた。
人間に疎まれることなど慣れているはずなのに、いや、元々懐きすぎていたのだと思い返す。
助けられたとはいえ、己の居城に連れてきた挙句、人知を超えた力を見せ付けられては恐怖しないほうがおかしい。
顔も素性もわからないというのに、今までの振る舞いの方がむしろ奇妙だったのだ……お互いに。
こうして疎んじられ、恐怖されることこそ《魔王》の領分であり本懐、見知らぬものに怯え、疎むことこそ《人間》の証なのだから。
しかしそれでも。
夜の帳が落ち、重い雲の切れ間から覗く月は、鋭い刃の如き細さで天空に浮かんでいた。
寝台の壁側ではルレイシアが小さくなって眠っていた。
相変わらず悪夢を見ているのか、夜中にも微かに悲鳴のような声を上げて起きることがある。その度にオディオに向かって非礼を詫び、再び眠りにつく。
か細く、震える弱々しい声に、オディオは苛立ちと同時に別の衝動にも駆られる。最近では堪えるのに一苦労する。
時に以前のようにオディオは揺り椅子やソファで眠る。
離れていればうわ言の様な叫びを聞かずに済むと思ったのだが、翌朝、あまりの恐怖で眠れなかったらしいルレイシアの憔悴しきった表情に結局苛立つことになる。
少なくとも寝台を一緒にしているとき、彼女の悪夢は程度が落ちるようだ。
昼間は自分を避け、夜になるとどこかで頼りにしている身勝手な女にオディオの忍耐が切れかける。
ある時、やはり少し距離を取ろうとしたルレイシアを乱暴に引き寄せた。
「!」
「……言いたいことがあるならば、話せ」
「あ……あの、何もないです……」
「最近私を避けているようだな」
我ながら何を言っているのか、呆れ返るほど女々しい発言をしているような気がしてきたが、一度切った堰は止まらない。
「私が、怖くなったか?」
次第に目覚めつつある彼女の中の魔力。それは間違いなく純粋な聖なる力。
魔王たる自分と相対する力が、彼女の中で何かを目覚めさせていると思うと、オディオ自身も軽く恐怖を覚える。
自分を、殺せるのではないかという不安が過ぎるほど。
ルレイシアは強く首を振る。
「違います……絶対に、違います……その、夢を見るのです、怖い夢を……怖くて……」
「私に殺される夢を見たか?」
いつの日か現実になるその夢は、予知夢に当たるのではないかと考える。
ルレイシアの焦点の定まらない視線が動揺で揺れる。やはりとオディオが自分の思惑を悟られたことに焦りを見せる。
ならば今ここで全てを終わらせよう。
手をかざすと吸い寄せられるように愛剣が手の中に納まる。
止め具を外し、僅かな部屋の明かりを受けて禍々しい光を放つ刀身を取り出す。
「あのご老人に会った晩に」
ぽつりと微かに震えを帯びた声で、まるで独白するように語り始める。
「貴方を、失う夢を見ました」
泣くまいとして力いっぱい堪えているのが分かる、掠れた声がオディオの手を止める。
涙が溢れそうになる前に、ルレイシアは深く深呼吸をする。
「私と一緒にいたら、オルステッド様を失ってしまうような気がして、どうすればいいのか分からなくなってしまって……怖くて、離れていれば安心できるのかと思いましたけれど、余計に怖くて……」
堂々巡りの言葉にオディオは気が殺げてしまい剣を元の場所に戻す。
「私は死なない」
全ての人間に絶望を与え続けるために。
あらゆる存在の憎悪をその身に受け、力と為す存在である自分が、滅びるわけにはいかない。
ルレイシアはそれでもやはり、何か深く思い悩むように目を閉じた。
その夜、先に休んでいるルレイシアは相変わらず時折その秀麗な顔を曇らせる。寝台の脇にあるランプの小さな光の中にあってもその相貌は、光の加減によって幻想的に美しく浮かび上がる。
オディオですらも、先の誓いがなければ手を伸ばしていただろう美麗な乙女。
その彼女は夜毎に悪夢を見るという。
『お主の力を持ってすれば、あの娘の記憶を辿るぐらい簡単であろう』
老人の言葉が蘇る。
オディオはそっとルレイシアの額に触れる。深紅の虹彩が一瞬炎のように揺らめき、そのまま深い意識の海へと落ちていった。
初めて彼女と出会ったとは、記憶を読み取ろうとしても不可能だった。
それが彼女自身の防衛本能によるものなのか、あるいは何者かが妨害しているのか……これから分かる。
ルレイシアが見る悪夢の欠片を拾い集め、自身の時間を越える力と融合させていく。
そして出来上がった一つの世界にそのままオディオは身を投じた。